ミルシートの読み方──熱処理前に確認すべき材料証明書の7項目

ミルシート(材料証明書)は「この材料が何者か」を証明する唯一の文書です。図面に「SCM440」と書いても、入荷した材料が本当にSCM440かどうかはミルシートで確認するしかありません。「前回と同じ業者から買った同じ品名」でも、炉番(ヒート番号)が変わると成分がJIS規格内で変動します。成分変動が熱処理後の硬さ不足や焼き割れとして現れることがあります。熱処理前のミルシート確認は、後工程のトラブルを防ぐ最も低コストな手段です。

詰まる場面① 鋼種取り違え

S45CとSCM440が同じ棚に保管されており、外観・寸法が同じで取り違えが発生。高周波焼き入れで硬さが出ない原因を調べたところ、処理した材料がS45Cだった。

詰まる場面② 炭素量の炉番差

同一鋼種でも炉番によってC=0.38%とC=0.44%の差がある。浸炭処理の浸炭性が変わり、同一条件で処理しても硬さ分布が変わる場合がある。

詰まる場面③ 焼入性保証の有無

図面に「SCM440H」と書いてあったが、入荷したのはSCM440(H無し)。JIS保証値は同じ範囲内でも焼入性の保証がなく、大断面部品で芯部硬さが不足した。

ミルシートの構成

ミルシートには製造者・規格・成分・機械的性質が記載されています。主な記載項目は以下の通りです。

記載項目内容熱処理前確認のポイント
炉番(ヒート番号)同一溶鋼ロットの識別番号同一炉番ごとに成分が均一。炉番が変われば成分値を再確認
鋼種・規格JIS記号(SCM440・SKD11等)図面指定の鋼種と一致するか確認。H付き(焼入性保証)かも確認
化学成分(保証値)JIS規格の規定範囲規定範囲内であることを確認
化学成分(実測値)当該炉番の実際の成分C・Cr・Mo・Niの実測値を熱処理条件検討に使用
機械的性質引張強さ・降伏点・伸び・硬さ(素材状態)調質材の場合は調質後の値か素材値かを確認
熱処理条件焼ならし・焼なまし・調質の有無と条件調質材(QT)を受け取ったか素材(M)かで取り扱いが変わる
製品形状丸棒・角棒・板の寸法と質量断面寸法が焼入性試験の前提と一致するか確認

焼入性保証(H鋼)とは

JIS記号の末尾に「H」が付く鋼種(SCM440H・SCM420H等)は、ジョミニー試験(端焼入れ試験)による焼入性保証があります。通常の鋼種は成分範囲を保証しますが、H鋼は「一定の焼入れ条件での硬さ分布帯域」を保証します。

断面が大きい部品(φ50mm以上)や焼き入れ後の芯部硬さを設計条件に含める場合は、H鋼を指定することで処理後の硬さばらつきを管理できます。「SCM440を指定したのに部品ごとに硬さが変わる」という場合、H鋼への切り替えが解決策になることがあります。

熱処理前の鋼種確認方法

ミルシートの鋼種表示と実際の材料が一致しているかを確認する方法は複数あります。

確認方法精度コスト適用場面
ミルシート照合書類上の保証無料全ロット。最低限の確認として必須
火花試験おおよその炭素量・合金元素の推定低(技術者の経験必要)現場での素早い確認(鋼種の大分類)
蛍光X線分析(XRF)主要元素の定量分析中(測定サービス利用)炭素以外の合金元素確認。C含量は不可
発光分光分析(OES)高精度全元素定量高(専門機関依頼)ミルシートなし材の成分確認、訴訟対応

炭素量と焼き入れ硬さの関係

熱処理後に得られるマルテンサイトの最大硬さは炭素量で決まります(合金元素は焼入性に影響しますが最大硬さには大きく影響しません)。ミルシートのC実測値から、焼き入れ後の期待硬さを概算できます。

炭素量(実測値)マルテンサイトの最大硬さ目安代表鋼種例
C ≦ 0.25%50HRC以下SCM415・SCM420(浸炭用低炭素鋼)
C = 0.35〜0.45%55〜58HRCS45C・SCM440
C = 0.55〜0.70%60〜63HRCSK5・SUJ2
C ≧ 1.0%62〜64HRC(二次硬化含む)SKD11・SKH51
SCM440とS45Cの取り違え→焼き入れ硬さ不足
状況φ60mm軸の高周波焼き入れ後、表面硬さが42〜44HRCしか出ず、要求の50HRC以上を大幅に下回った。熱処理業者に問い合わせたが処理条件に問題なし。
原因材料倉庫でS45C丸棒とSCM440丸棒が同一棚に寸法・外観が似た状態で保管されており、加工段階で取り違えが発生していた。S45Cの炭素量(C≒0.43%)では高周波焼き入れ後の最大硬さが55HRC程度が限界で、SCM440の期待硬さとは条件が異なる。
対策入荷時にミルシートと現物の炉番マーキングを照合してから保管場所を分けるルールを整備。発光分光分析で全ロットの成分を入荷時に確認する体制に変更した。
ミルシート確認 チェックリスト
  • 入荷ロットのミルシートが納品書・現物と炉番で一致しているか確認したか
  • 図面指定鋼種(H鋼の有無を含む)とミルシートの鋼種が一致しているか
  • C実測値から熱処理後の期待硬さが要求を満たせるか概算したか
  • 調質材(QT)を指定しているのに素材(M)が入荷していないか確認したか
  • 同一棚・同一場所に類似寸法の別鋼種が混在していないか確認したか
  • 大断面部品(φ50mm以上)では焼入性保証(H鋼)が必要か検討したか

まとめ

  • ミルシートは「材料が何者か」を証明する唯一の文書——炉番単位で成分が変わる
  • H鋼(焼入性保証)は成分だけでなく「焼き入れ後の硬さ分布」を保証する——大断面・高負荷部品に有効
  • C実測値から熱処理後の最大硬さを概算できる——熱処理前の設計確認に使う
  • 取り違えは材料倉庫の保管ルールと入荷検査で防ぐ——ミルシート照合が最低限の手段

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