ステンレスに磁石がつくのはなぜ?をやさしく解説:SUS304 と SUS430 の違いも徹底比較

鉄鋼材料
ステンレスに磁石がつくのはなぜ?をやさしく解説:SUS304 と SUS430 の違いも徹底比較

「ステンレスに磁石がつかない」と思っていたのに、キッチン用品の一部には磁石がくっつく——そんな経験はないでしょうか? SUS304 と SUS430 はどちらも代表的なステンレス鋼ですが、磁石への反応は正反対です。このページでは、その理由を金属組織(結晶構造)の観点からわかりやすく解説します。

① ステンレス鋼の種類と「磁性」の関係

ステンレス鋼は5系統に分類される

ステンレス鋼はその金属組織によって大きく5つの系統に分類されます。磁石がつくかどうかは、この組織の違いによって決まります。

ステンレス鋼 Fe + Cr 10.5% 以上 磁石がつく 磁石がつかない フェライト系 SUS430, SUS409 磁性あり(強磁性) マルテンサイト系 SUS410, SUS420J2 磁性あり(強磁性) 析出硬化系 SUS630(17-4PH) 弱い磁性あり オーステナイト系 SUS304, SUS316 磁性なし(常磁性) 二相系(デュプレックス) SUS329J3L やや磁性あり

図1:ステンレス鋼5系統と磁性の関係マップ

② 磁性の正体は「結晶構造」の違い

BCC(体心立方格子)と FCC(面心立方格子)

鉄(Fe)の磁性は結晶構造によって大きく異なります。同じ鉄でも、原子の並び方(結晶構造)が変わると磁性のオンオフが切り替わります。

BCC(体心立方格子) フェライト系・マルテンサイト系 体心 🧲 磁石がつく(強磁性) FCC(面心立方格子) オーステナイト系 面心 磁石がつかない(常磁性)

図2:BCC(体心立方格子)と FCC(面心立方格子)の結晶構造と磁性の違い

💡 なぜ FCC は磁石につかないのか?
鉄(Fe)は本来 BCC 構造をとり強磁性を示します。ところがニッケル(Ni)やマンガン(Mn)などの元素を加えると、常温でも FCC 構造(オーステナイト)を安定させることができます。FCC 構造では電子スピンの整列(=磁気モーメントの集団化)が起きにくく、常磁性(磁石をくっつけても引き寄せられない性質)を示します。
SUS304 の Ni 約 8〜10% がこの役割を果たしています。

③ SUS304 と SUS430 の基本性質を比較

成分・組織・磁性の違い

SUS304(オーステナイト系)
結晶構造FCC(面心立方)
磁性磁石がつかない
Cr 含有量17.00〜20.00 %
Ni 含有量8.00〜10.50 %
C 含有量0.08 % 以下
耐食性高い
熱処理硬化不可(加工硬化のみ)
溶接性優良
SUS430(フェライト系)
結晶構造BCC(体心立方)
磁性磁石がつく
Cr 含有量16.00〜18.00 %
Ni 含有量含まない(なし)
C 含有量0.12 % 以下
耐食性中程度
熱処理硬化不可
溶接性やや注意が必要

機械的性質の比較

性質SUS304SUS430
引張強さ(MPa)520 以上450 以上
耐力(0.2%)(MPa)205 以上205 以上
伸び(%)40 以上22 以上
硬さ(HV)目安170〜200170〜200
比重(g/cm³)7.937.75
熱膨張係数(×10⁻⁶/°C)≈ 17.3≈ 10.4
熱伝導率(W/m·K)≈ 16≈ 26
電気抵抗率(μΩ·cm)≈ 72≈ 60
⚠️ 注意:加工するとつくことがある(SUS304) SUS304 は本来非磁性ですが、プレス加工・曲げ・引抜きなどの冷間加工を受けると、一部のオーステナイトがマルテンサイト(BCC 構造)に変態し、磁石がわずかにつくようになることがあります(加工誘起マルテンサイト変態)。この現象は加工度が大きいほど顕著です。

④ 加工誘起マルテンサイト変態とは

加工で組織が変わるしくみ

固溶化処理後 FCC(オーステナイト) 100% 非磁性 冷間加工 (プレス・曲げ等) 冷間加工後(SUS304) FCC オーステナイト(非磁性) BCC マルテンサイト(磁性あり) 結果 弱い磁性が発現 🧲 加工部に磁石がつく (SUS304 の場合)

図3:SUS304 の冷間加工による加工誘起マルテンサイト変態の概念

💡 Md30 温度とは

オーステナイト系ステンレスにおいて、30% の真ひずみを与えたときに 50% のマルテンサイトが生成される温度を Md30 と呼びます。Md30 が室温に近いほど、常温の加工でマルテンサイトが生じやすいことを意味します。SUS304 の Md30 は概ね 20〜40°C 付近で、常温加工で変態が起きやすい部類です。低炭素・高 Ni 化(SUS316, SUS310S 等)で Md30 を下げることができます。

⑤ 主要ステンレス鋼グレードの磁性・特性一覧

JIS 記号系統磁性主成分(目安)耐食性代表用途
SUS304オーステナイト なし Cr18 / Ni8 厨房機器・配管・食品装置
SUS316オーステナイト なし Cr17 / Ni12 / Mo2最高(塩水) 海洋機器・医療・化学プラント
SUS310Sオーステナイト なし Cr25 / Ni20高・耐熱 高温炉・排ガス機器
SUS430フェライト あり Cr16〜18 家電・自動車排気系・建材
SUS409フェライト あり Cr10.5〜11.75 / Ti中(低Cr) 自動車マフラー・触媒ケース
SUS410マルテンサイト あり Cr11.5〜13.5低〜中 カトラリー・タービンブレード
SUS420J2マルテンサイト あり Cr12〜14 / C0.26〜0.40低〜中 刃物・ポンプシャフト
SUS630(17-4PH)析出硬化 あり(弱) Cr16〜18 / Ni3〜5 / Cu3〜5 航空・精密機器・高強度部品
SUS329J3L二相 あり(弱) Cr21〜24 / Ni4.5〜6.5 / Mo2.5〜3.5非常に高い 海水配管・石油化学

図4:SUS304 vs SUS430 性能レーダーチャート(相対比較)

⑥ JIS・海外規格対応表

JIS(日本)ASTM/AISI(米国)EN/DIN(欧州)GB(中国)系統
SUS304304 / S304001.4301 / X5CrNi18-1006Cr19Ni10オーステナイト
SUS304L304L / S304031.4307 / X2CrNi18-9022Cr19Ni10オーステナイト(極低炭素)
SUS316316 / S316001.4401 / X5CrNiMo17-12-206Cr17Ni12Mo2オーステナイト
SUS430430 / S430001.4016 / X6Cr1710Cr17フェライト
SUS410410 / S410001.4006 / X12Cr1312Cr13マルテンサイト
SUS420J2420 / S420001.4028 / X30Cr1330Cr13マルテンサイト

⑦ 用途別:SUS304 と SUS430 の選び方

🍽️
食器洗い機・厨房機器

高温洗剤・塩分環境に耐える必要があるため SUS304 推奨。磁性不要かつ耐食性優先の用途です。

🧲
IH 調理器具の底面

IH(電磁誘導加熱)は磁性体でないと加熱できないため SUS430 必須。鍋底・フライパン底に使われます。

🚗
自動車排気系(マフラー)

高温・腐食環境かつコスト重視のため SUS409・SUS430 が多用。磁性は問題になりません。

🏥
医療・食品機器

溶接性・衛生性・耐食性が最優先のため SUS316L が標準。非磁性で Mo 添加により塩水耐食も高い。

🏠
建材・内装パネル

コスト・意匠性重視の内装には SUS430 が多用。加工後の変色が少なく研磨仕上げも容易。

🔬
精密機器・MRI 周辺

強磁場環境では磁性体を排除する必要があるため SUS304(固溶化処理品)を選択。加工度管理が重要。

⑧ まとめ:ステンレスの磁性で押さえておきたいこと

重要ポイント整理

  • ステンレスが磁石につくかどうかは結晶構造(BCC か FCC か)で決まる
  • SUS304(オーステナイト系):FCC 構造、Ni 約 8〜10% により非磁性
  • SUS430(フェライト系):BCC 構造、Ni を含まず磁性あり(強磁性)
  • SUS304 でも冷間加工(プレス・曲げ)を受けると加工誘起マルテンサイトが生じ、局所的に磁石がつくことがある
  • IH 対応鍋の底には磁性が必要なため SUS430 系を使用している
  • 耐食性は SUS304 > SUS430;熱伝導率と熱膨張係数は SUS430 が優れる
  • 用途に応じた磁性・耐食性・コストのバランスで系統を選ぶことが設計の基本