ステンレスに磁石がつくのはなぜ?をやさしく解説:SUS304 と SUS430 の違いも徹底比較

鉄鋼材料

ステンレスに磁石がつくかどうかは、鋼種で決まります。SUS304(キッチン用品や配管に多い)は磁石がつかず、SUS430(IH対応鍋の底や家電外装に使われる)は磁石がつく。同じ「ステンレス」でも正反対の性質を持つ理由は、Niの有無が変える結晶構造の違いです。

磁性を決めるのは結晶構造

鉄(Fe)は常温でBCC(体心立方格子)という原子配列をとり、磁石に強く引きつけられます(強磁性)。ところがニッケル(Ni)やマンガン(Mn)を加えると、常温でもFCC(面心立方格子)という別の配列が安定します。FCC構造では電子スピンの整列が起きにくく、磁石がつかなくなります。

BCC(体心立方格子) フェライト系・マルテンサイト系 体心 🧲 磁石がつく(強磁性) FCC(面心立方格子) オーステナイト系 面心 磁石がつかない(常磁性)
ポイントSUS304はNiを約8〜10%含み、これが常温でFCC構造(オーステナイト)を安定させます。FCC構造では電子スピンがバラバラの方向を向くため、磁場への応答がほぼゼロになります。Niを含まないSUS430はBCC構造(フェライト)のままなので、磁石に引きつけられます。

ステンレス5系統と磁性の対応

ステンレス鋼 Fe + Cr 10.5%以上 磁石がつく 磁石がつかない フェライト系 SUS430, SUS409 強磁性 マルテンサイト系 SUS410, SUS420J2 強磁性 析出硬化系 SUS630(17-4PH) 弱い磁性あり オーステナイト系 SUS304, SUS316 常磁性(つかない) 二相系(デュプレックス) SUS329J3L やや磁性あり

SUS304とSUS430の成分・性質比較

SUS304(オーステナイト系)
結晶構造FCC(面心立方)
磁性磁石がつかない
Cr含有量17.00〜20.00%
Ni含有量8.00〜10.50%
耐食性高い
熱処理硬化不可(加工硬化のみ)
熱膨張係数約17.3×10⁻⁶/℃
熱伝導率約16 W/m·K
SUS430(フェライト系)
結晶構造BCC(体心立方)
磁性磁石がつく
Cr含有量16.00〜18.00%
Ni含有量なし
耐食性中程度
熱処理硬化不可
熱膨張係数約10.4×10⁻⁶/℃
熱伝導率約26 W/m·K

IH対応鍋の底がSUS430である理由

IH(電磁誘導加熱)は磁性体に渦電流を流して発熱させます。磁石がつかないSUS304では渦電流が十分に流れず、IHコンロの上に置いても加熱されません。IH対応と書かれた鍋の底をよく見ると、SUS430系の磁性材が張り合わされているか、素材そのものがSUS430です。

SUS304を加工すると磁石がつくことがある

「SUS304なのに磁石がついた」という現象は、冷間加工(プレス・曲げ・絞り)によって起きます。加工の力でFCC構造の一部がBCC構造(マルテンサイト)に変態し、その部分だけ磁性が発現します。これを加工誘起マルテンサイト変態と呼びます。

Md30温度とは:30%の真ひずみを与えたとき、50%のマルテンサイトが生成される温度のこと。SUS304のMd30は概ね20〜40℃で、常温の加工で変態が起きやすい部類です。SUS316やSUS310SはNiが多くMd30が低いため、同じ加工を受けても変態しにくくなります。
トラブル事例:「SUS304製品なのに磁石がついた」クレーム
状況SUS304のプレス絞り品を納入後、顧客から「磁石がつく。材料が違うのでは」とクレームが入った。
原因深絞り加工で大きなひずみが入り、加工誘起マルテンサイトが発生。絞り底部と側壁の境界付近に磁性が集中していた。材料はSUS304で正しかった。
対策1050〜1100℃での固溶化熱処理(焼鈍)でマルテンサイトをオーステナイトに戻し、非磁性を回復。非磁性が必須の用途ではSUS316Lへの変更も有効。

加工誘起マルテンサイトは錆の原因にもなる

加工誘起マルテンサイトが生じると、磁性だけでなく耐食性も落ちます

オーステナイトとマルテンサイトが混在した組織では、両者の境界に残留応力と電位差が生じます。この境界部が孔食(ピッティング)やすきま腐食の起点になります。塩化物イオンがある環境(海水・食塩水・塩素系洗剤)では特に顕著で、「SUS304なのに錆が出た」という現場クレームの多くは加工の強い部位から始まっています。

注意「SUS304製のシンクや調理器具に錆が出た」という事例の一部は、深絞りやプレス加工によって生じた加工誘起マルテンサイト部位からの腐食が原因です。固溶化熱処理でオーステナイト組織に戻すか、塩化物環境ではMoを含むSUS316Lへの変更を検討してください。

磁石でステンレスの種類を見分けられるか

磁石は現場でのステンレス簡易選別に使えますが、万能ではありません。

磁石の反応可能性が高い系統注意点
強く引きつけられるフェライト系(SUS430等)、マルテンサイト系(SUS410等)ほぼ確実
ほとんどつかないオーステナイト系(SUS304・316等)強加工品はつくことがある
弱くつく二相系・析出硬化系、または加工済みのSUS304鋼種の特定には蛍光X線分析が必要

SUS304の加工品が磁石に反応しても「ステンレスではない」は間違いです。鋼種を確定するには蛍光X線分析などの成分分析を使ってください。

主要グレードの磁性一覧

JIS記号系統磁性主成分(目安)代表用途
SUS304オーステナイトなしCr18 / Ni8厨房機器・配管・食品装置
SUS316オーステナイトなしCr17 / Ni12 / Mo2海洋機器・医療・化学プラント
SUS310SオーステナイトなしCr25 / Ni20高温炉・排ガス機器
SUS430フェライトありCr16〜18IH鍋底・家電外装・建材
SUS409フェライトありCr10.5〜11.75 / Ti自動車マフラー・触媒ケース
SUS410マルテンサイトありCr11.5〜13.5カトラリー・タービンブレード
SUS420J2マルテンサイトありCr12〜14 / C0.26〜0.40刃物・ポンプシャフト
SUS630(17-4PH)析出硬化あり(弱)Cr16〜18 / Ni3〜5 / Cu3〜5航空・精密機器・高強度部品
SUS329J3L二相あり(弱)Cr21〜24 / Ni4.5〜6.5 / Mo2.5〜3.5海水配管・石油化学

用途から見たSUS304とSUS430の使い分け

IH対応調理器具の底面

磁性体でないと加熱できないためSUS430系が必須。熱伝導率もSUS304より高く(26 vs 16 W/m·K)、加熱効率の面でも有利。

厨房機器・食洗機内部

塩分・高温洗剤に長期さらされる環境ではSUS304。耐食性が高く、磁性の有無は機能に関係しない用途。

医療機器・MRI周辺

強磁場環境では磁性体が引き寄せられて危険なためSUS304(固溶化処理品)を使用。加工品は磁性確認が必要。

自動車排気系

高温・腐食環境かつコスト重視のためSUS409・SUS430が多用。排気系では磁性の有無は問われない。

SUS304 vs SUS430 性能比較

海外規格との対応

JISASTM/AISI(米国)EN/DIN(欧州)GB(中国)系統
SUS304304 / S304001.4301 / X5CrNi18-1006Cr19Ni10オーステナイト
SUS316316 / S316001.4401 / X5CrNiMo17-12-206Cr17Ni12Mo2オーステナイト
SUS430430 / S430001.4016 / X6Cr1710Cr17フェライト
SUS410410 / S410001.4006 / X12Cr1312Cr13マルテンサイト
SUS420J2420 / S420001.4028 / X30Cr1330Cr13マルテンサイト

まとめ

  • 磁石がつくかどうかは結晶構造で決まる。BCC(フェライト・マルテンサイト系)はつく、FCC(オーステナイト系)はつかない
  • SUS304はNiがFCCを安定させるため非磁性。SUS430はNiがなくBCCのまま磁性あり
  • SUS304でも深絞りなど強い冷間加工を受けると、加工誘起マルテンサイトが生じて局所的に磁石がつくことがある。固溶化熱処理で回復できる
  • 加工誘起マルテンサイトは磁性だけでなく耐食性も低下させる。オーステナイトとの境界が孔食・すきま腐食の起点になりやすく、塩化物環境では特に注意が必要
  • IH調理器具の底にSUS430が使われるのは、磁性がないと電磁誘導加熱が成立しないから
  • 磁石による選別は簡便だが、加工済みSUS304が反応することがあるため鋼種確定には成分分析が必要