ステンレスに磁石がつくかどうかは、鋼種で決まります。SUS304(キッチン用品や配管に多い)は磁石がつかず、SUS430(IH対応鍋の底や家電外装に使われる)は磁石がつく。同じ「ステンレス」でも正反対の性質を持つ理由は、Niの有無が変える結晶構造の違いです。
磁性を決めるのは結晶構造
鉄(Fe)は常温でBCC(体心立方格子)という原子配列をとり、磁石に強く引きつけられます(強磁性)。ところがニッケル(Ni)やマンガン(Mn)を加えると、常温でもFCC(面心立方格子)という別の配列が安定します。FCC構造では電子スピンの整列が起きにくく、磁石がつかなくなります。
ステンレス5系統と磁性の対応
SUS304とSUS430の成分・性質比較
| 結晶構造 | FCC(面心立方) |
| 磁性 | 磁石がつかない |
| Cr含有量 | 17.00〜20.00% |
| Ni含有量 | 8.00〜10.50% |
| 耐食性 | 高い |
| 熱処理硬化 | 不可(加工硬化のみ) |
| 熱膨張係数 | 約17.3×10⁻⁶/℃ |
| 熱伝導率 | 約16 W/m·K |
| 結晶構造 | BCC(体心立方) |
| 磁性 | 磁石がつく |
| Cr含有量 | 16.00〜18.00% |
| Ni含有量 | なし |
| 耐食性 | 中程度 |
| 熱処理硬化 | 不可 |
| 熱膨張係数 | 約10.4×10⁻⁶/℃ |
| 熱伝導率 | 約26 W/m·K |
IH対応鍋の底がSUS430である理由
IH(電磁誘導加熱)は磁性体に渦電流を流して発熱させます。磁石がつかないSUS304では渦電流が十分に流れず、IHコンロの上に置いても加熱されません。IH対応と書かれた鍋の底をよく見ると、SUS430系の磁性材が張り合わされているか、素材そのものがSUS430です。
SUS304を加工すると磁石がつくことがある
「SUS304なのに磁石がついた」という現象は、冷間加工(プレス・曲げ・絞り)によって起きます。加工の力でFCC構造の一部がBCC構造(マルテンサイト)に変態し、その部分だけ磁性が発現します。これを加工誘起マルテンサイト変態と呼びます。
加工誘起マルテンサイトは錆の原因にもなる
加工誘起マルテンサイトが生じると、磁性だけでなく耐食性も落ちます。
オーステナイトとマルテンサイトが混在した組織では、両者の境界に残留応力と電位差が生じます。この境界部が孔食(ピッティング)やすきま腐食の起点になります。塩化物イオンがある環境(海水・食塩水・塩素系洗剤)では特に顕著で、「SUS304なのに錆が出た」という現場クレームの多くは加工の強い部位から始まっています。
磁石でステンレスの種類を見分けられるか
磁石は現場でのステンレス簡易選別に使えますが、万能ではありません。
| 磁石の反応 | 可能性が高い系統 | 注意点 |
|---|---|---|
| 強く引きつけられる | フェライト系(SUS430等)、マルテンサイト系(SUS410等) | ほぼ確実 |
| ほとんどつかない | オーステナイト系(SUS304・316等) | 強加工品はつくことがある |
| 弱くつく | 二相系・析出硬化系、または加工済みのSUS304 | 鋼種の特定には蛍光X線分析が必要 |
SUS304の加工品が磁石に反応しても「ステンレスではない」は間違いです。鋼種を確定するには蛍光X線分析などの成分分析を使ってください。
主要グレードの磁性一覧
| JIS記号 | 系統 | 磁性 | 主成分(目安) | 代表用途 |
|---|---|---|---|---|
| SUS304 | オーステナイト | なし | Cr18 / Ni8 | 厨房機器・配管・食品装置 |
| SUS316 | オーステナイト | なし | Cr17 / Ni12 / Mo2 | 海洋機器・医療・化学プラント |
| SUS310S | オーステナイト | なし | Cr25 / Ni20 | 高温炉・排ガス機器 |
| SUS430 | フェライト | あり | Cr16〜18 | IH鍋底・家電外装・建材 |
| SUS409 | フェライト | あり | Cr10.5〜11.75 / Ti | 自動車マフラー・触媒ケース |
| SUS410 | マルテンサイト | あり | Cr11.5〜13.5 | カトラリー・タービンブレード |
| SUS420J2 | マルテンサイト | あり | Cr12〜14 / C0.26〜0.40 | 刃物・ポンプシャフト |
| SUS630(17-4PH) | 析出硬化 | あり(弱) | Cr16〜18 / Ni3〜5 / Cu3〜5 | 航空・精密機器・高強度部品 |
| SUS329J3L | 二相 | あり(弱) | Cr21〜24 / Ni4.5〜6.5 / Mo2.5〜3.5 | 海水配管・石油化学 |
用途から見たSUS304とSUS430の使い分け
磁性体でないと加熱できないためSUS430系が必須。熱伝導率もSUS304より高く(26 vs 16 W/m·K)、加熱効率の面でも有利。
塩分・高温洗剤に長期さらされる環境ではSUS304。耐食性が高く、磁性の有無は機能に関係しない用途。
強磁場環境では磁性体が引き寄せられて危険なためSUS304(固溶化処理品)を使用。加工品は磁性確認が必要。
高温・腐食環境かつコスト重視のためSUS409・SUS430が多用。排気系では磁性の有無は問われない。
SUS304 vs SUS430 性能比較
海外規格との対応
| JIS | ASTM/AISI(米国) | EN/DIN(欧州) | GB(中国) | 系統 |
|---|---|---|---|---|
| SUS304 | 304 / S30400 | 1.4301 / X5CrNi18-10 | 06Cr19Ni10 | オーステナイト |
| SUS316 | 316 / S31600 | 1.4401 / X5CrNiMo17-12-2 | 06Cr17Ni12Mo2 | オーステナイト |
| SUS430 | 430 / S43000 | 1.4016 / X6Cr17 | 10Cr17 | フェライト |
| SUS410 | 410 / S41000 | 1.4006 / X12Cr13 | 12Cr13 | マルテンサイト |
| SUS420J2 | 420 / S42000 | 1.4028 / X30Cr13 | 30Cr13 | マルテンサイト |
まとめ
- 磁石がつくかどうかは結晶構造で決まる。BCC(フェライト・マルテンサイト系)はつく、FCC(オーステナイト系)はつかない
- SUS304はNiがFCCを安定させるため非磁性。SUS430はNiがなくBCCのまま磁性あり
- SUS304でも深絞りなど強い冷間加工を受けると、加工誘起マルテンサイトが生じて局所的に磁石がつくことがある。固溶化熱処理で回復できる
- 加工誘起マルテンサイトは磁性だけでなく耐食性も低下させる。オーステナイトとの境界が孔食・すきま腐食の起点になりやすく、塩化物環境では特に注意が必要
- IH調理器具の底にSUS430が使われるのは、磁性がないと電磁誘導加熱が成立しないから
- 磁石による選別は簡便だが、加工済みSUS304が反応することがあるため鋼種確定には成分分析が必要

