焼ならしと焼なましをやさしく解説:目的・温度・使い分けを実務から整理する

材料比較・工法比較・選び方

「焼ならし」と「焼なまし」は名前が似ていますが、目的も結果もほぼ逆です。どちらも加熱してから冷やす処理なのに、冷却方法の違いだけで硬さが30〜50HBWも変わります。「どちらを指示したか」「どちらで処理されたか」が食い違うと、機械加工ができないほど硬かったり、強度不足で使えなかったりします。この記事では、2つの違いをメカニズムから整理し、現場で迷わない選定の軸を説明します。

4つの「焼」処理を一覧で整理する

「焼なまし」には複数の種類があり、さらに「焼ならし」と混同されやすい組み合わせになっています。まず全体像を整理します。

処理名 加熱温度(炭素鋼目安) 冷却方法 主な目的 結果の硬さ(S45C目安)
焼ならし Ac3+30〜50℃
(S45C:約870〜900℃)
空冷(大気中放冷) 結晶粒の微細化・組織の均一化 149〜187HBW
完全焼なまし Ac3+20〜30℃
(S45C:約800〜820℃)
炉冷(30℃/h以下でゆっくり) 軟化・残留応力除去・被削性向上 120〜160HBW
球状化焼なまし Ac1直下〜直上を繰り返す
(730〜760℃付近)
炉冷 炭化物を球状化→冷間加工・切削前の軟化 110〜150HBW(高炭素鋼)
応力除去焼なまし 550〜650℃
(Ac1より100℃以上低い)
炉冷または徐冷 溶接・冷間加工後の残留応力を除去。組織変化なし 処理前とほぼ同等
【核心の違い】
焼ならしと完全焼なましは、加熱温度が近くても冷却速度が正反対です。空冷(焼ならし)では冷却が速いため微細なパーライト組織になり、硬さがやや上がります。炉冷(焼なまし)では冷却が極めて遅いため粗大なパーライトまたは球状セメンタイトになり、最も軟らかい状態になります。

なぜ冷却速度で硬さが変わるのか:TTT図の考え方

温度(℃) 時間(対数スケール)→ Ac3 ≈ 780℃(変態点・焼入れ開始温度) Ac1 ≈ 723℃(フェライト+パーライト領域に入る) Ms ≈ 360℃(マルテンサイト変態開始) 焼ならし(空冷) → 微細パーライト → 149〜187HBW 焼なまし(炉冷) → 粗大パーライト → 120〜160HBW 焼入れ (参考) 冷却速度と変態の関係(S45C概念図)

オーステナイト(加熱で均一化した組織)は、冷却が遅いほど安定した軟らかい組織に変態します。炉冷は1時間で30℃しか下がらないほどゆっくり冷えるため、炭素原子が移動し、粗大なパーライトや球状セメンタイトが生成されます。空冷は数分で変態域を通過するため、炭素が拡散する時間が短く、微細なパーライトになります。焼入れはさらに急冷してMs点以下に一気に通過させ、マルテンサイトを生成します。

硬さ比較:同じS45Cでも処理で倍近く変わる

焼なましの4種類:目的によって温度も手順も違う

種類 温度 主な用途・対象材料 注意点
完全焼なまし Ac3+20〜30℃から炉冷 切削加工前の軟化。中炭素鋼・合金鋼 時間がかかる(20〜30h以上)。設備コストが高い
球状化焼なまし Ac1直下〜直上を保持または往復 高炭素鋼(SKS3・SUJ2)の冷間加工・深絞り前 ラメラ状セメンタイトを球状化する。低・中炭素鋼には効果が小さい
応力除去焼なまし(SR焼なまし) 550〜650℃(Ac1以下) 溶接後・冷間加工後の残留応力除去。寸法安定化 組織・硬さはほぼ変化しない。温度が高すぎると軟化する
軟化焼なまし(再結晶焼なまし) Ac1直下(650〜720℃) 冷間圧延・冷間鍛造で加工硬化した薄板・線材の軟化 再結晶が進めば十分。Ac1を超えると完全焼なましになる

取り違えトラブル事例

事例① 「焼なましを頼んだのに機械加工できなかった」
何をしたかφ60mmのSCM440丸棒を機械加工前に「軟らかくしたい」として熱処理業者に「焼なまし」を依頼した。
何が起きたか受け取った材料の硬さを測定すると200HBW超。切削時に工具が異常摩耗し、加工時間が倍以上かかった。
原因業者側が「焼なまし」を「焼ならし」(空冷)で処理していた。指示書に「空冷」と明記されていなかったため。SCM440の焼なましには炉冷が必要だが、確認がなかった。
教訓「焼なまし」と記載するだけでなく、「炉冷・冷却速度30℃/h以下」を指示書に明記する。完全焼なましと焼ならしは口頭では間違えやすい。
事例② 「溶接後の焼なましで割れが出た」
何をしたかSM490の溶接構造物の残留応力を除去しようとして、「焼なまし」として完全焼なまし(Ac3以上に加熱)を指示した。
何が起きたか熱処理後に溶接部近傍で割れが発生。溶接ビード近くの組織が粗大化していた。
原因溶接後の残留応力除去には応力除去焼なまし(SR処理、550〜650℃)が正しい。Ac3以上まで加熱すると変態点を越えて組織が変化し、旧溶接熱影響部が再変態してかえって脆化する場合がある。
教訓溶接後の残留応力除去は「SR焼なまし(550〜650℃)」と明示する。完全焼なましは溶接構造物には原則使わない。

選定フロー:何がしたいかで処理が決まる

Q1. 機械加工前の軟化が目的か?
→ YES:炭素量が多い(C≧0.50%)なら球状化焼なまし、中炭素鋼なら完全焼なまし(炉冷)
Q2. 溶接・冷間加工後の残留応力除去が目的か?
→ YES:応力除去焼なまし(550〜650℃、炉冷または徐冷)。組織変化は不要。
Q3. 熱間加工・鋳造後の組織均一化・結晶粒微細化が目的か?
→ YES:焼ならし(空冷)。後工程に切削がある場合は焼なましの方が良いケースも多い。
Q4. 薄板・線材の冷間加工後の加工硬化を除去したい?
→ YES:軟化焼なまし(再結晶焼なまし、Ac1直下)。

焼ならし vs 焼なまし:選択マトリクス

シチュエーション 焼ならし 焼なまし(完全・SR) 推奨
切削加工前に材料を軟化させたい △(硬さが若干残る) ◎(最も軟らかい) 完全焼なまし
熱間鍛造後の組織を均一化したい ◎(結晶粒微細化) △(効果はあるが過剰) 焼ならし
溶接後の残留応力を除去したい ✕(変態点越えで悪化の可能性) ◎(SR焼なまし 550〜650℃) SR焼なまし
高炭素鋼の冷間加工前に延性を上げたい ✕(効果なし) ◎(球状化焼なまし) 球状化焼なまし
鋳造品のバンド組織・偏析を解消したい ◎(空冷で微細化) △(炉冷で粗大化しやすい) 焼ならし
寸法精度を保ちながら硬さを下げたい △(焼なましより硬い) ◎(SR焼なましなら組織変化ゼロ) SR焼なまし

鋼種別・推奨温度まとめ

鋼種 Ac1(℃) Ac3(℃) 焼ならし温度 完全焼なまし温度 SR焼なまし温度
S45C ~723 ~780 820〜870℃ 800〜820℃(炉冷) 550〜650℃
SCM440 ~730 ~800 850〜900℃ 830〜860℃(炉冷) 600〜650℃
SKD11 ~800 (通常は焼ならし不使用) 830〜860℃(炉冷30℃/h以下) 700〜740℃
SK105(SK3) ~730 ~760 760〜800℃ 750〜780℃(球状化焼なまし推奨) 550〜620℃
SUS304 (変態点なし) (固溶化処理1010〜1150℃・水冷) 850〜900℃(鋭敏化域を避ける)

用途別カード

構造用鋼棒・丸棒の素材調整

熱間圧延後のバンド組織・偏析解消に焼ならし。後工程に切削がある場合は追加で完全焼なましを検討。S45C・SCM440が対象。

工具鋼・金型鋼の切削前軟化

SKD11・SKS3は完全焼なまし(炉冷)で200HBW以下に軟化してから切削。球状化焼なましが指定されることも多い。

溶接構造物のPWHT

溶接後熱処理(PWHT)はSR焼なましが基本。鋼種・板厚に応じて550〜700℃、保持時間は板厚25mmあたり1hが目安。

冷間加工材の中間焼なまし

冷間鍛造・プレスの多段加工では工程間に軟化焼なまし(再結晶焼なまし)を挟む。Ac1直下で再結晶させて延性を回復。

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まとめ

  • 焼ならし(空冷)と完全焼なまし(炉冷)は、加熱温度が近くても冷却方法が正反対で、結果の硬さが30〜50HBWも変わる
  • 「軟化させたい」なら完全焼なまし(炉冷)。「組織を均一化したい」なら焼ならし(空冷)
  • 溶接後の残留応力除去には応力除去焼なまし(SR処理、550〜650℃)を使う。完全焼なましは溶接構造物には不適切なことが多い
  • 「焼なまし」と指示するだけでは冷却方法が伝わらない。「炉冷・30℃/h以下」を明記することで取り違えを防ぐ
  • 高炭素鋼の冷間加工前は球状化焼なましが最適。ラメラ状セメンタイトを球状化することで延性が大きく改善する

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