ベイナイトとは──マルテンサイトでもパーライトでもない第三の組織

焼き入れで鋼をA1点から冷却するとき、冷却速度によって得られる組織が変わります。水冷→マルテンサイト、炉冷→パーライト(またはフェライト)——この2択の間に「ベイナイト」という第三の組織が存在します。ベイナイトはパーライトより硬く、マルテンサイトより靱性が高い中間的な特性を持ちます。大断面部品で冷却が遅れた芯部にベイナイトが生まれることがありますが、一方でオーステンパーという処理で意図的にベイナイトを生成させ、高靱性・低変形を狙う設計もあります。

ベイナイト 早わかり
項目内容
生成温度域Ms点以上〜約550℃(パーライトとマルテンサイトの中間)
生成機構拡散変態(フェライト)+無拡散変態(炭化物析出)の混合
2種類上部ベイナイト(350〜550℃):粗め・脆弱 / 下部ベイナイト(200〜350℃):微細・靱性高
硬さ範囲30〜55HRC(生成温度による)
ナイタルエッチングマルテンサイトより暗く見える。針状・ラス状形態
意図的利用オーステンパー(等温焼き入れ)でベイナイト組織を積極的に活用

ベイナイトが生まれる温度域

鋼をオーステナイト化後に冷却すると、冷却速度と到達温度によって異なる変態が起きます(TTT・CCT線図参照)。

  • Ac1点(〜720℃)以上:オーステナイト(変態前)
  • 〜550℃:パーライト変態(高温側)、フェライト変態
  • 約250〜550℃:ベイナイト変態域
  • Ms点(〜350℃以下):マルテンサイト変態開始

ベイナイトはこの中間温度域で生まれます。温度が高い側(上部ベイナイト)と低い側(下部ベイナイト)では組織と性質が大きく異なります。

上部ベイナイトと下部ベイナイトの違い

上部ベイナイト(約350〜550℃)

比較的高温域で生成するため、フェライトラスが比較的粗く成長し、ラス間に炭化物(Fe₃C)が島状・板状に析出します。炭化物がフェライトラスの間に集中しているため、ラス間の炭化物が脆弱な面を形成します。

機械的性質:硬さは35〜45HRC程度、マルテンサイトより靱性は高いが、下部ベイナイトより劣る。衝撃値が低く、実用材として使う場合は下部ベイナイトを目指す方が多い。

下部ベイナイト(約200〜350℃)

低温域で生成するため、フェライトラスが微細で、炭化物がラス内部に細かく分散します。炭化物がラス内に閉じ込められた形になり、割れの伝播を阻害します。

機械的性質:硬さは45〜55HRC程度、マルテンサイト(同硬さ)より衝撃値が高い。「硬さと靱性の両立」が最も実現しやすい組織と言われます。オーステンパーで意図的に生成させる組織はこの下部ベイナイトです。

比較項目マルテンサイト下部ベイナイト上部ベイナイトパーライト
生成温度域Ms〜Mf点200〜350℃350〜550℃550〜Ac1
硬さ(HRC目安)55〜6545〜5535〜4525〜35
靱性低(低温焼戻しなし)高(軟らかい)
変形・割れリスク高(急冷必要)低(徐冷)
焼き戻し必要性必要不要不要不要

質量効果でベイナイトが芯部に生まれる状況

大断面の焼き入れでは、芯部の冷却速度が遅くなる質量効果(→A-02参照)が生じます。表面がマルテンサイトに変態していても、芯部はベイナイトやパーライトになっているケースがあります。

問題になる場合:芯部ベイナイト+パーライト

S45Cのような焼入性の低い炭素鋼を大断面で焼き入れすると、芯部はベイナイトさえ得られず、パーライトやフェライトになる。「芯まで硬化」は設計上意味を持たない。疲労を受ける軸には材料変更が必要。

許容される場合:芯部ベイナイト

浸炭焼き入れ品では、表面は高炭素マルテンサイト(58〜63HRC)、芯部は低炭素ベイナイト(35〜42HRC)になることが多い。この設計は硬さと靱性を断面で分担させる意図的なものであり、「芯部がベイナイト」は問題ではなく設計通り。

ベイナイトを意図的に利用する──オーステンパーとADI

ベイナイトを積極的に利用する代表例が「オーステンパー」処理です(→A-11参照)。オーステナイト化後にベイナイト変態温度帯(250〜400℃)に焼き入れし、等温保持でベイナイト変態を完了させます。

球状黒鉛鋳鉄(ダクタイル鋳鉄)にオーステンパーを施した「ADI(オーステンパー球状黒鉛鋳鉄)」は、その靱性と強度のバランスから、クランクシャフト・歯車・懸架部品などに使われます。ADIのベイナイトマトリクスは通常の球状黒鉛鋳鉄より引張強さが2〜3倍高く、加工性・コストの点でも優れています。

トラブル事例

SCM440大径軸の芯部ベイナイト確認——疲労破断前の組織調査
状況φ120mmのSCM440軸を油焼き入れ→焼き戻しで仕上げた。表面硬さは48HRCで合格。数万サイクルの繰り返し曲げ試験で中心部から疲労亀裂が発生。破断断面の芯部をナイタルエッチングすると、マルテンサイトでなく上部ベイナイトの組織が確認された。
原因φ120mmでは油冷でも芯部の冷却速度がSCM440のCCT線図のベイナイトノーズを横切るため、芯部が上部ベイナイト組織になった。表面硬さは表面のマルテンサイトを測定しており合格だったが、芯部の強度・靱性が低く、繰り返し応力下で先に疲労損傷が進行した。
対策φ120mmの大断面軸にはSNCM439(高焼入性材)を採用し、芯部でもマルテンサイト主体の組織を確保。発注図面に「芯部硬さ42HRC以上」を明記し、芯部断面からの硬さ測定を受入れ検査に追加。

まとめ

  • ベイナイトはパーライト(高温側)とマルテンサイト(低温側)の中間温度域で生まれる第三の組織
  • 下部ベイナイト(200〜350℃)は硬さと靱性のバランスが最もよく、オーステンパーで意図的に生成させる
  • 上部ベイナイト(350〜550℃)は靱性が低く、意図的には使いにくい
  • 大断面材の焼き入れでは質量効果で芯部がベイナイトになることがある——用途によっては許容だが、疲労を受ける軸では問題
  • ADI(オーステンパー球状黒鉛鋳鉄)はベイナイトマトリクスを積極的に活用した高強度鋳鉄材料

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