チタン合金(Ti-6Al-4V)の熱処理は、鉄鋼の「焼き入れ・焼き戻し」とは仕組みが異なります。チタン合金はβ変態温度(βトランサス、約995℃)を境に組織が変化し、加熱・冷却条件でα相とβ相の比率・形状を制御します。酸素・窒素に極めて敏感で、大気中での高温加熱は表面に硬く脆い「酸化層(αケース)」を生じます。真空炉または不活性ガス雰囲気での処理が必須です。
Ti-6Al-4Vの基本特性
| 項目 | 値 |
|---|---|
| 分類 | α+β型チタン合金(最も汎用的なチタン合金) |
| 密度 | 4.43g/cm³(鋼の約57%) |
| βトランサス温度 | 約995℃(合金によって±50℃変動) |
| 焼なまし後の引張強さ | 930〜1000MPa |
| 溶体化・時効(STA)後の引張強さ | 1100〜1200MPa |
| 比強度 | 鋼やアルミより優れる高比強度材料 |
熱処理の種類と目的
| 熱処理名 | 条件 | 目的・効果 | 用途 |
|---|---|---|---|
| 焼なまし(ミルアニール) | 700〜850℃ × 1〜4h → 空冷 | 加工歪みの除去・組織均一化。最も広く使われる基本処理 | 汎用用途(構造部材・医療機器) |
| 応力除去焼なまし | 480〜650℃ × 1〜4h → 空冷 | 溶接・機械加工後の残留応力除去。組織変化は少ない | 溶接構造物・精密加工品 |
| 溶体化処理(STA前半) | 900〜960℃(βトランサスより50℃以下) × 1h → 水冷またはガス急冷 | β相に固溶→急冷でマルテンサイト様の準安定β相生成 | 時効処理前の前処理 |
| 時効処理(STA後半) | 480〜600℃ × 4〜8h → 空冷 | 準安定β相からα’相の析出で強化。最高強度状態 | 航空・医療インプラント・高強度用途 |
βトランサス温度の重要性
βトランサス(βトランサスフォーメーションテンパラチャー)はα+β相からβ単相に変わる温度です。この温度を境に加熱・冷却を行うと組織が大きく変化します。
βトランサス以下での加熱(焼なまし・溶体化):α粒が維持される。冷却後もα+β二相組織になり、延性・靱性のバランスが良い。
βトランサス以上での加熱:α粒がすべて溶解してβ単相になる。冷却すると粗大な針状α相(ウィドマンシュテッテン組織)が生じやすく、靱性が大きく低下することがあります。βトランサス以上への過熱は原則として避けます。
注意βトランサス温度は合金のロットによって±30〜50℃の幅があります。処理業者に「βトランサス以下で処理すること」と指示するだけでは不十分で、材料のミルシートからβトランサス温度を確認してから処理温度を決定します。
酸化層(αケース)の問題
チタンは500℃以上で酸素・窒素との反応性が急激に高まります。大気中での高温処理は表面に酸化チタン(TiO₂)の下にO・Nが侵入した「αケース」と呼ばれる脆い層を形成します。
| αケースの特性 | 内容 |
|---|---|
| 深さ | 0.05〜0.5mm(処理温度・時間・雰囲気により変動) |
| 硬さ | 400〜600HV(母材の2〜3倍) |
| 延性 | ほぼゼロ(脆い) |
| 疲労への影響 | 疲労破壊の起点になる——αケースを除去しないと設計疲労寿命を達成できない |
防止策:真空炉(10⁻³Pa以下)または不活性ガス(Ar)雰囲気での処理が必須です。大気炉での処理後はαケースを化学研磨または機械研磨で完全除去します。
STAと焼なましの機械的性質の比較
| 処理状態 | 引張強さ | 0.2%耐力 | 伸び | 破壊靭性(KIc) |
|---|---|---|---|---|
| 焼なまし(MA) | 930〜1000MPa | 860〜930MPa | 10〜14% | 65〜80MPa√m |
| 溶体化・時効(STA) | 1100〜1200MPa | 1000〜1100MPa | 8〜12% | 50〜65MPa√m |
STAは強度が20〜25%高くなりますが、靱性(KIc)は低下します。航空部品では用途に応じて焼なまし(靭性重視)とSTA(強度重視)を使い分けます。
大気炉での熱処理によるαケース形成→疲労寿命の大幅低下
状況Ti-6Al-4V製医療インプラント部品を応力除去焼なまし(600℃ × 2h)したが、通常の電気炉(大気雰囲気)で処理した。疲労試験で設計寿命の30%で破損が発生。
原因600℃の大気炉処理でも表面に0.03〜0.05mmのαケースが形成されていた。破断面観察でαケースが疲労起点になっていることが確認された。
対策すべてのTi合金熱処理を真空炉(10⁻³Pa以下)処理に変更。処理後に表面を化学研磨(フッ酸・硝酸混合液)で0.03mm以上除去してαケースを確認する手順に変更。
チタン合金熱処理 チェックリスト
- 処理雰囲気は真空炉(10⁻³Pa以下)またはArガス充填を確認したか(大気炉は不可)
- 処理温度がβトランサス(〜995℃)を超えないことを確認したか(過熱でウィドマンシュテッテン組織)
- 材料のβトランサス温度をミルシートから確認したか
- STAを実施する場合、用途の靱性要求がSTA後の低靱性で満たされるか確認したか
- 大気処理が避けられない場合、αケース除去(化学研磨または機械研磨)を実施したか
まとめ
- Ti-6Al-4Vの熱処理は真空炉必須——大気炉でのαケース形成は疲労破壊の原因になる
- βトランサス(約995℃)以上への過熱は粗大針状α相を生じ、靱性を大幅に低下させる
- STA(溶体化・時効)は強度を20〜25%向上させるが靱性は低下する——用途に応じて焼なましとSTAを使い分ける
- βトランサス温度はロットによって±50℃変動する——ミルシートで確認してから処理温度を設定する


コメント