「ステンレスに磁石がつかない」と思っていたのに、キッチン用品の一部には磁石がくっつく——そんな経験はないでしょうか? SUS304 と SUS430 はどちらも代表的なステンレス鋼ですが、磁石への反応は正反対です。このページでは、その理由を金属組織(結晶構造)の観点からわかりやすく解説します。
① ステンレス鋼の種類と「磁性」の関係
ステンレス鋼は5系統に分類される
ステンレス鋼はその金属組織によって大きく5つの系統に分類されます。磁石がつくかどうかは、この組織の違いによって決まります。
図1:ステンレス鋼5系統と磁性の関係マップ
② 磁性の正体は「結晶構造」の違い
BCC(体心立方格子)と FCC(面心立方格子)
鉄(Fe)の磁性は結晶構造によって大きく異なります。同じ鉄でも、原子の並び方(結晶構造)が変わると磁性のオンオフが切り替わります。
図2:BCC(体心立方格子)と FCC(面心立方格子)の結晶構造と磁性の違い
鉄(Fe)は本来 BCC 構造をとり強磁性を示します。ところがニッケル(Ni)やマンガン(Mn)などの元素を加えると、常温でも FCC 構造(オーステナイト)を安定させることができます。FCC 構造では電子スピンの整列(=磁気モーメントの集団化)が起きにくく、常磁性(磁石をくっつけても引き寄せられない性質)を示します。
SUS304 の Ni 約 8〜10% がこの役割を果たしています。
③ SUS304 と SUS430 の基本性質を比較
成分・組織・磁性の違い
| 結晶構造 | FCC(面心立方) |
| 磁性 | 磁石がつかない |
| Cr 含有量 | 17.00〜20.00 % |
| Ni 含有量 | 8.00〜10.50 % |
| C 含有量 | 0.08 % 以下 |
| 耐食性 | 高い |
| 熱処理硬化 | 不可(加工硬化のみ) |
| 溶接性 | 優良 |
| 結晶構造 | BCC(体心立方) |
| 磁性 | 磁石がつく |
| Cr 含有量 | 16.00〜18.00 % |
| Ni 含有量 | 含まない(なし) |
| C 含有量 | 0.12 % 以下 |
| 耐食性 | 中程度 |
| 熱処理硬化 | 不可 |
| 溶接性 | やや注意が必要 |
機械的性質の比較
| 性質 | SUS304 | SUS430 |
|---|---|---|
| 引張強さ(MPa) | 520 以上 | 450 以上 |
| 耐力(0.2%)(MPa) | 205 以上 | 205 以上 |
| 伸び(%) | 40 以上 | 22 以上 |
| 硬さ(HV)目安 | 170〜200 | 170〜200 |
| 比重(g/cm³) | 7.93 | 7.75 |
| 熱膨張係数(×10⁻⁶/°C) | ≈ 17.3 | ≈ 10.4 |
| 熱伝導率(W/m·K) | ≈ 16 | ≈ 26 |
| 電気抵抗率(μΩ·cm) | ≈ 72 | ≈ 60 |
④ 加工誘起マルテンサイト変態とは
加工で組織が変わるしくみ
図3:SUS304 の冷間加工による加工誘起マルテンサイト変態の概念
オーステナイト系ステンレスにおいて、30% の真ひずみを与えたときに 50% のマルテンサイトが生成される温度を Md30 と呼びます。Md30 が室温に近いほど、常温の加工でマルテンサイトが生じやすいことを意味します。SUS304 の Md30 は概ね 20〜40°C 付近で、常温加工で変態が起きやすい部類です。低炭素・高 Ni 化(SUS316, SUS310S 等)で Md30 を下げることができます。
⑤ 主要ステンレス鋼グレードの磁性・特性一覧
| JIS 記号 | 系統 | 磁性 | 主成分(目安) | 耐食性 | 代表用途 |
|---|---|---|---|---|---|
| SUS304 | オーステナイト | なし | Cr18 / Ni8 | 高 | 厨房機器・配管・食品装置 |
| SUS316 | オーステナイト | なし | Cr17 / Ni12 / Mo2 | 最高(塩水) | 海洋機器・医療・化学プラント |
| SUS310S | オーステナイト | なし | Cr25 / Ni20 | 高・耐熱 | 高温炉・排ガス機器 |
| SUS430 | フェライト | あり | Cr16〜18 | 中 | 家電・自動車排気系・建材 |
| SUS409 | フェライト | あり | Cr10.5〜11.75 / Ti | 中(低Cr) | 自動車マフラー・触媒ケース |
| SUS410 | マルテンサイト | あり | Cr11.5〜13.5 | 低〜中 | カトラリー・タービンブレード |
| SUS420J2 | マルテンサイト | あり | Cr12〜14 / C0.26〜0.40 | 低〜中 | 刃物・ポンプシャフト |
| SUS630(17-4PH) | 析出硬化 | あり(弱) | Cr16〜18 / Ni3〜5 / Cu3〜5 | 高 | 航空・精密機器・高強度部品 |
| SUS329J3L | 二相 | あり(弱) | Cr21〜24 / Ni4.5〜6.5 / Mo2.5〜3.5 | 非常に高い | 海水配管・石油化学 |
図4:SUS304 vs SUS430 性能レーダーチャート(相対比較)
⑥ JIS・海外規格対応表
| JIS(日本) | ASTM/AISI(米国) | EN/DIN(欧州) | GB(中国) | 系統 |
|---|---|---|---|---|
| SUS304 | 304 / S30400 | 1.4301 / X5CrNi18-10 | 06Cr19Ni10 | オーステナイト |
| SUS304L | 304L / S30403 | 1.4307 / X2CrNi18-9 | 022Cr19Ni10 | オーステナイト(極低炭素) |
| SUS316 | 316 / S31600 | 1.4401 / X5CrNiMo17-12-2 | 06Cr17Ni12Mo2 | オーステナイト |
| SUS430 | 430 / S43000 | 1.4016 / X6Cr17 | 10Cr17 | フェライト |
| SUS410 | 410 / S41000 | 1.4006 / X12Cr13 | 12Cr13 | マルテンサイト |
| SUS420J2 | 420 / S42000 | 1.4028 / X30Cr13 | 30Cr13 | マルテンサイト |
⑦ 用途別:SUS304 と SUS430 の選び方
高温洗剤・塩分環境に耐える必要があるため SUS304 推奨。磁性不要かつ耐食性優先の用途です。
IH(電磁誘導加熱)は磁性体でないと加熱できないため SUS430 必須。鍋底・フライパン底に使われます。
高温・腐食環境かつコスト重視のため SUS409・SUS430 が多用。磁性は問題になりません。
溶接性・衛生性・耐食性が最優先のため SUS316L が標準。非磁性で Mo 添加により塩水耐食も高い。
コスト・意匠性重視の内装には SUS430 が多用。加工後の変色が少なく研磨仕上げも容易。
強磁場環境では磁性体を排除する必要があるため SUS304(固溶化処理品)を選択。加工度管理が重要。
⑧ まとめ:ステンレスの磁性で押さえておきたいこと
重要ポイント整理
- ステンレスが磁石につくかどうかは結晶構造(BCC か FCC か)で決まる
- SUS304(オーステナイト系):FCC 構造、Ni 約 8〜10% により非磁性
- SUS430(フェライト系):BCC 構造、Ni を含まず磁性あり(強磁性)
- SUS304 でも冷間加工(プレス・曲げ)を受けると加工誘起マルテンサイトが生じ、局所的に磁石がつくことがある
- IH 対応鍋の底には磁性が必要なため SUS430 系を使用している
- 耐食性は SUS304 > SUS430;熱伝導率と熱膨張係数は SUS430 が優れる
- 用途に応じた磁性・耐食性・コストのバランスで系統を選ぶことが設計の基本

