ステンレス鋼の熱処理は系統によって目的・温度・効果がまったく異なります。オーステナイト系(SUS304・316)は硬さを出す熱処理ができないため「固溶化焼なまし」で炭化物を溶解して耐食性を回復します。マルテンサイト系(SUS420J2)は焼き入れ・焼き戻しで硬さを出します。析出硬化系(SUS630・17-4PH)は固溶化後の時効処理で析出物を活用して高強度を得ます。系統を間違えた熱処理は材料を壊します。
ステンレス鋼の系統と熱処理の目的
| 系統 | 代表鋼種 | 熱処理の目的 | 硬さで強化できるか |
|---|---|---|---|
| オーステナイト系 | SUS304・SUS316 | 固溶化焼なまし(耐食性回復・軟化) | ✕不可(加工硬化のみ) |
| フェライト系 | SUS430・SUS444 | 焼なまし(軟化・応力除去) | ✕不可(わずかに硬化のみ) |
| マルテンサイト系 | SUS420J2・SUS440C | 焼き入れ・焼き戻し(高硬さ化) | ◎可能(50〜58HRC) |
| 析出硬化系 | SUS630(17-4PH)・SUS631(17-7PH) | 固溶化→時効処理(析出強化) | ◎可能(32〜44HRC) |
| 二相系(デュプレックス) | SUS329J3L・SAF2205 | 固溶化焼なまし(α+γ相バランス調整) | △加工硬化のみ |
オーステナイト系:固溶化焼なましと鋭敏化
SUS304・SUS316などのオーステナイト系ステンレスは、加工・溶接後に耐食性が低下することがあります。原因は「鋭敏化」です。
鋭敏化とは:400〜800℃の温度範囲に長時間さらされると(溶接の熱影響域・徐冷・熱処理)、Crが炭素と結合してCr₂₃C₆(Cr炭化物)が結晶粒界に析出します。粒界近傍がCr欠乏域(Cr<12%)になり、耐食性が局部的に著しく低下します(粒界腐食)。
固溶化焼なまし(解決策):1010〜1150℃に加熱してCr炭化物を再固溶させた後、急冷(水冷)して室温でオーステナイト組織を保ちます。炭化物がなくなり耐食性が回復します。
| 鋼種 | 固溶化焼なまし温度 | 冷却方法 | 処理後の硬さ(目安) |
|---|---|---|---|
| SUS304 | 1010〜1150℃ | 急冷(水冷) | ≦200HBW(軟質) |
| SUS316 | 1010〜1150℃ | 急冷(水冷) | ≦200HBW(軟質) |
| SUS316L | 1010〜1120℃ | 急冷(水冷) | ≦200HBW |
マルテンサイト系:焼き入れ・焼き戻し
SUS420J2・SUS440Cなどのマルテンサイト系は、焼き入れ・焼き戻しで高硬さが得られます。刃物・外科用器具・精密機械部品に使われます。
| 鋼種 | 焼き入れ温度 | 冷却 | 焼き戻し温度 | 硬さ目安 |
|---|---|---|---|---|
| SUS420J2 | 980〜1050℃ | 油冷または空冷 | 150〜200℃(低温戻し) | 50〜54HRC |
| SUS440C | 1000〜1070℃ | 油冷または空冷 | 150〜180℃ | 57〜60HRC |
マルテンサイト系ステンレスの焼き入れには真空炉が推奨されます。大気炉では表面Crの酸化が起き、耐食性と外観品質が低下します。また、400〜600℃での焼き戻しは靱性が低下するため避けます(このタイプも脆性帯域が存在)。
析出硬化系:固溶化処理と時効処理
析出硬化系ステンレス(SUS630・17-4PH)は固溶化後に時効処理を行うことで析出硬化します。焼き入れ・焼き戻しではなく「固溶化→冷却→時効」というフローです。
| 条件記号 | 時効温度×時間 | 硬さ | 引張強さ目安 |
|---|---|---|---|
| H900 | 480℃ × 1h | 40〜44HRC(最高硬さ) | 1310MPa以上 |
| H1025 | 550℃ × 4h | 36〜40HRC | 1070MPa以上 |
| H1150 | 620℃ × 4h | 28〜32HRC | 860MPa以上 |
- 系統(オーステナイト・マルテンサイト・析出硬化)を確認して適切な熱処理を選択したか
- SUS304・316の溶接後に鋭敏化リスクがある場合、固溶化焼なましまたは低C・安定化グレードへの変更を検討したか
- SUS420J2・440Cの焼き入れは真空炉または不活性ガス雰囲気で実施したか(表面酸化防止)
- SUS630の時効条件(H900〜H1150)を用途の靱性要求・耐食性要求から選択したか
- H900(480℃時効)を水素環境・衝撃荷重用途に使っていないか確認したか
まとめ
- オーステナイト系(SUS304等)は焼き入れ硬化ができない——固溶化焼なましで炭化物を溶解して耐食性を回復する
- 鋭敏化(400〜800℃での長時間加熱)は溶接後に起きやすい——低C・安定化グレードの選択または固溶化焼なましで解決
- マルテンサイト系(SUS420J2・440C)は焼き入れ・焼き戻しで50〜60HRCが得られる——真空炉処理推奨
- 析出硬化系(SUS630)は固溶化→時効処理——時効温度の選択で強度・靱性・耐食性のバランスを設定する

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