「浸炭層深さ0.5〜0.8mm」という指定が図面にあるとき、「どこから測って0.5mmか」は思った以上に重要です。浸炭層には「有効硬化層深さ(Eht)」と「全硬化層深さ(Ds)」の2つがあり、どちらを指定しているかで検査方法も合否判定も変わります。Ehtは硬さが550HVになる深さ、Dsは炭素が拡散した層の総深さで、同じ部品でもEhtよりDsの方が深くなります。この違いを知らずに受注・発注すると、「検査は合格したのに部品が使えない」というトラブルになります。
| 用語 | 定義 | 測定方法 | JIS規格 |
|---|---|---|---|
| 有効硬化層深さ(Eht) | 表面から硬さが550HV(または規定の限界硬さ)になる深さまでの距離 | 断面ビッカース硬さトラバース試験 | JIS G 0557 |
| 全硬化層深さ(Ds) | 表面から母材組織に戻るまでの炭素拡散層全体の深さ | 断面硬さ測定または化学分析 | JIS G 0557 |
| 浸炭深さ(参考) | 表面から炭素濃度が母材レベルに戻る深さ(化学的定義) | EPMA・波長分散分析 | — |
有効硬化層深さ(Eht)とは
Ehtは「表面から切り込んでいったときに硬さが550HVになる深さ」です。550HVという基準値はJIS G 0557で定めており、高炭素の焼き入れマルテンサイト層が「機能的に有効」といえる下限に相当します(550HV ≈ 52HRC)。
たとえば表面が750HV(約63HRC)の浸炭焼き入れ部品でも、深さ方向に切り込むにつれて炭素濃度が下がり硬さが落ちます。深さ0.6mmで550HVになれば「Eht = 0.6mm」です。この0.6mmが摩耗・接触疲労・曲げ疲労に実際に抵抗する「働く層」の厚みになります。
有効硬化層深さと全硬化層深さの違い
同じ部品でEhtとDsを測ると、必ずDs ≥ Ehtになります。
| 比較項目 | 有効硬化層深さ(Eht) | 全硬化層深さ(Ds) |
|---|---|---|
| 基準 | 硬さ550HV(JIS G 0557) | 素地の硬さ(変化がなくなる深さ) |
| 典型的な値の関係 | 例:0.6mm | 例:0.9〜1.1mm(Ehtより深い) |
| 意味 | 「機能的に硬い層」の厚み | 「炭素拡散が及んでいる層」の厚み |
| 図面指定のデフォルト | 多くの場合、Ehtを指定する | 特別な要求がある場合に追加指定 |
Ehtの深さより下でも炭素濃度は母材より高い(硬さも母材より高い)状態が続いています。この部分がDsです。Ds部分はEht部分ほど硬くはありませんが、組織的に炭素が拡散した「移行層」として存在し、急激な硬さ変化(段差)を緩和する役割があります。
図面への記載方法
浸炭焼き入れの指定は通常、以下の要素を組み合わせて図面に記載します。
| 記載例 | 意味 |
|---|---|
浸炭焼入れ 表面硬さ HRC 58〜62 Eht 0.5〜0.8 | 浸炭焼き入れ後に表面58〜62HRC、有効硬化層深さ0.5〜0.8mm |
浸炭焼入れ Eht 0.5〜0.8 芯部硬さ HRC 30以上 | 有効層深さに加えて芯部硬さの下限を指定(芯部の強度要求がある場合) |
浸炭焼入れ Ds 0.8〜1.2 | 全硬化層深さで指定(歯車の曲げ疲労強度設計などで使われる) |
浸炭焼入れ Eht 0.5〜0.8(550HV基準) | 550HV基準を明記(異なる基準値との混同防止) |
硬さトラバース試験の読み方
浸炭焼き入れ品の層深さ検査は、断面の硬さトラバース試験で行います。
- 部品断面を切断・樹脂埋め込み・研磨
- 表面から一定間隔(0.025〜0.1mm)でビッカース硬さ(HV0.3〜1)を測定
- 横軸:表面からの深さ(mm)、縦軸:硬さ(HV)でグラフを作成
- 硬さが550HVになる深さを読む → これがEht
- 硬さが素地レベルに戻る深さ → これがDs
用途別 推奨浸炭層深さ(Eht)
| 用途 | Eht目安(mm) | 主な失敗モード |
|---|---|---|
| 小型・軽負荷歯車 | 0.2〜0.4 | 浅すぎ→摩耗で浸炭層が消耗 |
| 標準歯車(モジュール2〜4) | 0.4〜0.8 | 浸炭層深さ×歯モジュールのバランス重要 |
| 重負荷歯車(モジュール5〜8) | 0.8〜1.5 | 深すぎ→硬い層が厚くなりすぎて欠け |
| カム・プランジャー | 0.5〜1.0 | 浅すぎ→接触疲労(ピッチング)が早期発生 |
| シャフト(曲げ疲労主体) | 0.3〜0.6 | 深すぎると圧縮残留応力層が厚くなり表面剥離 |
浸炭材料と層深さのコントロール要素
Ehtの深さは以下の4要素で管理します。
| 要素 | 層深さへの影響 | 実務的な調整方法 |
|---|---|---|
| 浸炭温度 | 高いほど炭素拡散速度が増加→深くなる | 標準850〜950℃。高温ほど効率的だが結晶粒粗大化リスク |
| 浸炭時間 | 長いほど深くなる。深さは√時間に比例(放物線則) | 深さを2倍にしたい場合は時間を4倍に |
| カーボンポテンシャル | 炉内の炭素活量が高いほど表面炭素濃度↑→Ehtが深くなりやすい | 過炭素(増炭)に注意。均一な拡散工程が重要 |
| 材料(合金元素) | Cr・Mo入りのSCM材はS15Cより深い硬化層が得られる(焼入性) | 深い層深さが必要な場合はSCM415→SCM420へ |
トラブル事例
まとめ
- 有効硬化層深さ(Eht)は「表面から550HVになる深さ」で、浸炭焼き入れの機能的な層の指標
- 全硬化層深さ(Ds)はEhtより常に深く、炭素拡散層全体を示す
- 図面記載は通常Ehtを使い、表面硬さ(HRC)・層深さ(Eht mm)・必要なら芯部硬さを組み合わせる
- 層深さは「深いほど良い」ではない——厚すぎると衝撃荷重でスポーリングが起きやすくなる
- 検査位置は使用条件で最もダメージを受ける面(歯面・接触面)で確認する


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