SUS430もSUS410も「Niを含まない安価なステンレス」ですが、結晶組織が根本的に異なります。SUS430はフェライト系で焼入れできず、SUS410はマルテンサイト系で焼入れ可能——この違いが「用途」「硬さ」「コスト」を決定します。
フェライト系とマルテンサイト系:組織の違い
核心: ステンレスの成分と加熱温度により、結晶構造(Fe原子の配列)が変わります。SUS430は常温でもBCC(体心立方晶)フェライト組織。SUS410は1000°C以上でFCC(面心立方晶)オーステナイト組織に変わり、冷却時にマルテンサイト変態で硬くなります。この組織の違いが、焼入れ可能性・硬さ・磁性を左右します。
化学成分比較(JIS G 4303)
| 元素 | SUS430(フェライト) | SUS410(マルテンサイト) | SUS304(参考) |
|---|---|---|---|
| C (%) | ≦0.12 | ≦0.15 | ≦0.08 |
| Cr (%) | 16〜18 | 11.5〜13.5 | 18〜20 |
| Ni (%) | ≦0.60(ほぼなし) | ≦0.60(ほぼなし) | 8〜10.5 |
| Fe(残部) | 80%以上 | 86%以上 | 69%以上 |
| 組織(常温) | フェライト(BCC) | マルテンサイト | オーステナイト(FCC) |
焼入れ硬化能の違い:マルテンサイト変態とは
ポイント
SUS410は加熱時に Cr 11.5%を含むため、1000°C 以上で FCC(面心立方晶)オーステナイト組織に変わります。急冷(焼入れ)時に、このオーステナイト組織が炭素を過飽和に保ったまま BCCマルテンサイト組織に変態し、硬くなります(HRC 25〜40)。一方、SUS430 は Cr 16%以上あるため常温でも安定したフェライト組織で、高温でもオーステナイト化しません。したがって焼入れの硬化メカニズムが発動しないため、熱処理で硬くなりません。
機械的性質と熱処理効果
| 性質 | SUS430(焼なまし) | SUS410(焼なまし) | SUS410(焼入れ後) |
|---|---|---|---|
| 引張強さ (N/mm²) | ≧450 | ≧410 | ≧780 |
| 耐力 (N/mm²) | ≧205 | ≧210 | ≧590 |
| 伸び (%) | ≧22 | ≧20 | ≧12 |
| 硬さ | ≦183 HB | ≦200 HB | HRC 25〜40 |
| 磁性 | 強い(磁石がつく) | 強い(磁石がつく) | 強い(焼戻し後) |
| 耐低温脆性 | 低い(−50°C 以下で脆化) | 低い(−50°C 以下で脆化) | 改善(焼戻しで緩和) |
耐食性の比較:Cr量の影響
注意
SUS430(Cr 16〜18%)は SUS410(Cr 11.5〜13.5%)より Cr が豊富です。そのため常温での耐食性は SUS430 が優位です。ただし高温環境では SUS410 の焼入れ硬さが耐摩耗性の利点になります。用途によって「耐食性重視」と「硬さ重視」を使い分けます。
性能比較レーダーチャート
JIS・海外規格対応表
| JIS | ASTM/UNS | EN | 特徴 |
|---|---|---|---|
| SUS430 | 430 / S43000 | 1.4016 / X6Cr17 | フェライト系汎用・安価・磁性 |
| SUS410 | 410 / S41000 | 1.4006 / X12Cr13 | マルテンサイト系汎用・焼入れ可能 |
失敗事例:材料選定を誤ると何が起きるか
事例1:SUS430で刃物を作ろうとしたら切れ味が出なかった
状況「安いステンレスなら SUS430」と考えて、調理用ナイフを SUS430 で製造。焼入れしても硬くならず、HV 180 程度のやや軟らかい材になった。
原因SUS430 はフェライト系で焼入れ硬化が起きません。焼なまし状態で引張強さ 450 N/mm² 程度ですが、刃物に必要な HRC 45〜55 には遠く及びません。
対策SUS410 に変更。焼入れ・焼戻しで HRC 35〜40 に硬化させ、十分な切れ味と耐食性を両立させました。
事例2:SUS410を冷涷庫パネルに使ったら脆化が加速した
状況コスト削減で SUS304 から SUS410 に変更した冷蔵庫外装。−20°C 運用時、数ヶ月でパネルが割れやすくなった。
原因SUS410(特にマルテンサイト系焼入れ後)は低温脆性が高く、−50°C 以下で脆化します。フェライト系の SUS430 も同様ですが、焼入れされていない SUS430 はやや脆化が緩やかです。
対策低温環境は SUS430(焼なまし状態)を使用するか、焼戻し温度を高めに設定(焼戻し脆性を考慮)して脆化を低減させました。
用途別カード
家電外装・パネル(SUS430)
冷蔵庫・洗濯機の前面パネル。磁石がつき安価な SUS430 が家電外装の定番。常温環境での耐食性も十分です。
厨房・IH対応調理器具(SUS430)
IH対応鍋・フライパンの底面。フェライト系は磁性があるため IH 加熱に対応。SUS304(非磁性)では IH が使えません。
建材・内装(SUS430)
エレベーター内装・手すり・サッシ・トイレ・ドア枠。Ni 不使用で低コスト、外観も美しく、常温耐食性も優れています。
刃物・ナイフ・カッター(SUS410系)
家庭用・業務用ナイフ、はさみ、カッターナイフ。焼入れで HRC 35〜40 まで硬化し、切れ味と耐食性のバランスが実現します。
ポンプ軸・タービン・スピンドル(SUS410)
水力・蒸気機械の回転部品。SUS410 の焼入れ硬さ(HRC 30〜40)と耐食性が、中程度の負荷と腐食環境に対応します。
選定チェックリスト:430 か 410 か
チェックリスト:SUS430 か SUS410 か
- ☐ 磁石がついてもいい(実は利点) → SUS430 を優先
- ☐ 低コストが重要(家電・建材) → SUS430
- ☐ IH 調理器具・磁性が必要 → SUS430(非磁性ステンレスでは不可)
- ☐ 焼入れで硬くしたい(刃物・軸) → SUS410
- ☐ 常温での耐食性が重要(海岸近い) → SUS430(Cr が多い)
- ☐ 高温・回転・摩耗が加わる → SUS410(焼入れ硬さが有利)
- ☐ −50°C 以下の低温環境 → SUS430(脆化がやや緩和)
まとめ:SUS430とSUS410で押さえておきたいこと
- SUS430 はフェライト系で常温でも安定した組織。焼入れできませんが、Cr 16〜18% で耐食性が優れ、安価で磁性があります。
- SUS410 はマルテンサイト系で、焼入れで HRC 25〜40 まで硬化可能。刃物・軸・機械部品に使われます。
- どちらも Ni を含まないため SUS304 より安く、磁性があります。用途に応じて「耐食性・成形性重視」か「硬さ重視」かで判断します。
- 「安くて磁石がつくステンレスが欲しい→SUS430」「ステンレスなのに焼入れしたい→SUS410」と覚えると選定が明確になります。


コメント