コイルばね・板ばね・トーションバーなどのばね部品に使われる専用鋼材がばね鋼(SUP材)です。S45CやSCM440と同じ「機械構造用鋼」に見えますが、ばね設計特有の要求——繰り返し荷重への耐性(疲労強度)と弾性限界の高さ——に特化した成分設計が施されています。この記事では、SUP材の鋼種と成分・熱処理・ショットピーニングによる疲労強度向上まで解説します。
SUP材とは何か——なぜ専用鋼が必要か
ばねは「繰り返し弾性変形」を前提とした部品です。求められる性能は、応力が加わっても永久変形しない高い弾性限界と、何十万回・何百万回と繰り返す荷重に耐える疲労強度の高さです。
S45CやSCM440で高硬度を出すことはできますが、ばね鋼(JIS G 4801規定のSUP材)は炭素量・合金元素・不純物量をばね用途に最適化して設計されています。Si(ケイ素)を多く添加したグレードは弾性限界を高め、CrやVを添加したグレードは焼入れ性と疲労強度をバランス良く高めます。
SUP材の鋼種と成分一覧(JIS G 4801)
| 鋼種 | C(%) | Si(%) | Mn(%) | Cr(%) | V(%) | Mo(%) | 系統 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| SUP3 | 0.85〜0.95 | 0.15〜0.35 | 0.30〜0.60 | — | — | — | 炭素ばね鋼 |
| SUP6 | 0.56〜0.64 | 1.50〜1.80 | 0.70〜1.00 | — | — | — | Si-Mn鋼 |
| SUP7 | 0.56〜0.64 | 1.80〜2.20 | 0.70〜1.00 | — | — | — | Si-Mn鋼(高Si) |
| SUP9 | 0.52〜0.60 | 0.15〜0.35 | 0.65〜0.95 | 0.65〜0.95 | — | — | Cr-Mn鋼 |
| SUP9A | 0.56〜0.64 | 0.15〜0.35 | 0.70〜1.00 | 0.70〜1.00 | — | — | Cr-Mn鋼(改良) |
| SUP10 | 0.47〜0.55 | 0.15〜0.35 | 0.65〜0.95 | 0.80〜1.10 | 0.15〜0.25 | — | Cr-V鋼 |
| SUP11A | 0.56〜0.64 | 1.20〜1.60 | 0.60〜0.90 | 0.60〜0.90 | — | — | Si-Cr鋼 |
| SUP12 | 0.52〜0.60 | 1.20〜1.60 | 0.40〜0.70 | 0.60〜0.90 | — | — | Si-Cr鋼(小型) |
| SUP13 | 0.56〜0.64 | 0.15〜0.35 | 0.65〜0.95 | 0.65〜0.95 | — | 0.25〜0.35 | Cr-Mo鋼 |
鋼種の選び方ポイント
| 用途・条件 | 推奨鋼種 | 理由 |
|---|---|---|
| 重ね板ばね(トラック・建機) | SUP6 / SUP7 | Siが高く弾性限界が高い。板厚が大きくても使いやすい |
| 自動車コイルばね(サスペンション) | SUP9 / SUP9A | 国産車の標準的なコイルばね用鋼。Cr-Mn系で焼入れ性が高い |
| 高精度・高応力コイルばね | SUP10 | Vが疲労強度を高める。高級乗用車・精密機器向け |
| 弁ばね・小型コイルばね | SUP11A / SUP12 | Si-Cr系は弾性限界と耐熱性が高く、エンジン弁ばねに適する |
| 大型コイルばね(高荷重) | SUP13 | Cr-Mo系は大断面での焼入れ性が良く、へたり抵抗が高い |
熱処理:焼入れ+焼戻しで引張強さ1200〜1600MPaを出す
ばね鋼は素材(圧延材・線材)を成形した後、焼入れ+焼戻しで高強度を出します。焼入れ温度はおよそ820〜870℃、焼戻し温度は400〜500℃が一般的です。
焼入れ後の硬さはおよそ450〜550HV(引張強さにして1600〜1900MPa相当)になります。この状態では靱性が低く脆いため、焼戻しで400〜500HVまで下げながら靱性を回復させ、引張強さ1200〜1600MPaの状態に仕上げます。
ショットピーニング:疲労強度を2〜4倍にする表面処理
熱処理が終わったばね部品の多くは、さらにショットピーニングが施されます。これはばね製造では標準的な工程であり、省略すると疲労寿命が大きく低下します。
ショットピーニングとは、鋼球(ショット)を高速(70〜100m/s)で表面に打ち付けることで、表面層に圧縮残留応力を付与する処理です。疲労き裂は引張応力下で発生・進展します。表面に圧縮残留応力を与えておくことで、引張応力が加わっても実質的な引張力が小さくなり、き裂の開口・進展が抑えられます。
| 処理状態 | 疲労強度(目安) | 備考 |
|---|---|---|
| 焼入れ・焼戻しのみ | 基準 | — |
| ショットピーニングあり | 1.5〜2倍 | 表面圧縮残留応力による効果 |
| 二段ショットピーニング | 2〜4倍 | 粗→細の2段で深部まで圧縮応力を付与 |
疲労強度を下げる4つの要因
表面が粗いほど微小な切欠き(応力集中源)が増えます。研削仕上げのRaが粗いと疲労強度は大きく低下します。ばね鋼の素線は引抜加工で仕上げ、ショットピーニング前に表面品質を確認することが重要です。
ばねコイル端部の成形傷・ハンドリング傷・腐食ピットが疲労き裂の起点になります。傷が付いた部品を使うと、計算上の疲労強度を大きく下回った寿命になることがあります。外観検査で表面傷を確認する工程が重要です。
水・塩水・薬品環境では腐食ピットが形成され、そこを起点に疲労き裂が進展します(腐食疲労)。空気中より疲労寿命が1/10以下になることもあります。腐食環境では防錆処理(亜鉛めっき・有機被覆)との組み合わせが必要です。
高温では残留応力が緩和(応力弛緩)し、ショットピーニングの効果が減少します。Si-Cr系(SUP11A/SUP12)は耐熱性が高く、弁ばねなど高温環境に適しています。250℃を超える環境ではSi量の多いグレードを検討します。
現場でつまる場面
選定チェックリスト
- 用途(板ばね・コイルばね・弁ばね)に合った鋼種を選んでいるか
- 高温環境(250℃超)ならSi-Cr系(SUP11A/SUP12)を選んでいるか
- 熱処理後の硬さ(HV)・引張強さ(MPa)を図面に指定しているか
- ショットピーニング条件(弧高値・カバレッジ)を図面に明記しているか
- 腐食環境なら防錆処理との組み合わせを検討しているか
- サプライヤーに疲労試験データ・弧高値測定記録の提出を求めているか
まとめ
- SUP材はJIS G 4801規定のばね専用鋼。Si・Cr・V・Moの添加系統で特性が異なり、用途に合わせて選ぶ
- コイルばねの定番はSUP9/9A(Cr-Mn)、高精度・高応力ならSUP10(Cr-V)、弁ばねにはSUP11A/SUP12(Si-Cr)
- 熱処理(焼入れ+焼戻し)で引張強さ1200〜1600MPaを出したうえで、ショットピーニングで疲労強度をさらに高めるのが基本フロー
- ショットピーニングは条件(弧高値・カバレッジ)をしっかり指定しないと効果がばらつく
- 疲労寿命を下げる要因は表面粗さ・傷・腐食・高温の4つ。設計段階で対策を組み込む
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