「ステンレス製の刃物」に使われる材料は主にSUS420J2とSUS440Cです。どちらも焼入れできるマルテンサイト系ですが、炭素量・硬さ・耐食性のバランスが異なります。包丁・ハサミ・軸受の材料選定に役立つ比較をやさしく解説します。
マルテンサイト系ステンレスとは:焼入れで硬くなる理由
核心: マルテンサイト系ステンレス(SUS410〜440C)は炭素量によってランク付けされています。焼入れ時に炭素が固溶度を超えると、炭化物(Fe₂₃C₆やCr₂₃C₆)として析出し、硬さを生み出します。炭素量が多いほど焼入れ後の硬さは高まりますが、靱性(衝撃耐性)は低下します。
マルテンサイト系ステンレスの炭素量ラインナップ
| JIS記号 | C (%) | Cr (%) | 焼入れ後HRC | 用途領域 |
|---|---|---|---|---|
| SUS410 | ≦0.15 | 11.5〜13.5 | 〜HRC 38 | タービン・ポンプ軸(低硬度重視) |
| SUS420J1 | 0.16〜0.25 | 12〜14 | HRC 42〜48 | 外科器具・食器(耐食性重視) |
| SUS420J2 | 0.26〜0.40 | 12〜14 | HRC 50〜55 | 家庭用刃物・包丁・ハサミ |
| SUS440A | 0.60〜0.75 | 16〜18 | HRC 56〜58 | 精密刃物・カッター |
| SUS440B | 0.75〜0.95 | 16〜18 | HRC 58〜60 | 外科用メス・高級刃物 |
| SUS440C | 0.95〜1.20 | 16〜18 | HRC 57〜62 | ベアリング・精密測定器 |
SUS420J2 vs SUS440C 詳細比較
核心の違い: SUS420J2は炭素量が低めでHRC 50〜55程度。焼入れ後も靱性が高く、折れにくいため家庭用刃物・ハサミに向きます。SUS440CはC量が1%前後でHRC 57〜62と高硬度。硬いが脆くなるため刃物より精密軸受・ゲージに向きます。
| 項目 | SUS420J2 | SUS440C |
|---|---|---|
| C (%) | 0.26〜0.40 | 0.95〜1.20 |
| Cr (%) | 12〜14 | 16〜18 |
| 焼入れ後硬さ | HRC 50〜55 | HRC 57〜62 |
| 靱性(耐衝撃性) | 中〜高(割れにくい) | 低い(割れやすい) |
| 耐食性 | 中(Cr 12〜14%) | 中〜高(Cr 16〜18%) |
| 耐摩耗性 | 中(炭化物少ない) | 高い(炭化物量が多い) |
| 加工性(焼入れ前) | やや良好 | やや困難 |
| 主用途 | 包丁・ハサミ・食器用刃物 | ベアリング・精密測定器 |
硬さと靱性のバランス比較
焼入れ硬さの差が生まれる理由:炭化物量の違い
ポイント
SUS420J2は炭素量が少ないため、焼入れ後の炭化物析出量が少なく、マトリックス(地金)が比較的柔軟性を持ちます。結果として HRC 50〜55 で「切れ味と折れにくさの両立」が実現します。一方SUS440Cは炭素量が多く、Cr₂₃C₆などの硬い炭化物が多量に析出するため、HRC 57〜62 という高硬度が得られる代わりに、脆性破壊リスクが高まります。
JIS・海外規格対応表
| JIS | ASTM/UNS | EN | 特性カテゴリ |
|---|---|---|---|
| SUS420J2 | 420 / S42000 | 1.4028 / X30Cr13 | 中炭素・中硬度・靱性重視 |
| SUS440C | 440C / S44004 | 1.4125 / X105CrMo17 | 高炭素・高硬度・耐摩耗重視 |
失敗事例:材料選定を誤るとどうなるか
事例1:SUS440Cで包丁を作ろうとしたら割れた
状況「硬い材料なら長く切れるはず」と、SUS440Cで家庭用包丁を製造した。焼入れ後、取り付け部分や刃元が脆性破壊で割れてしまった。
原因SUS440CはHRC 57〜62と硬いため、家庭で使う包丁としての衝撃・曲げに対する靱性が不足していた。高炭素マルテンサイト組織は脆く、まな板との衝撃や、食材の骨への引っかかりで割れやすい。
対策SUS420J2(HRC 50〜55)を選定し直した。靱性が確保され、家庭での通常使用での割れ・欠けが大幅に減少。
事例2:SUS420J2で精密軸受を作ったら早期に摩耗した
状況「ステンレス軸受=耐食性重視」と考えて、SUS420J2で精密軸受を製造した。使用開始後、数千時間で内輪・外輪の表面が摩耗・スポーリングしてしまった。
原因SUS420J2はHRC 50〜55 と硬さが低く、高接触圧力(ローラ軸受では 2〜3 GPa)に対する耐摩耗性が不足していた。炭化物量が少ないため、繰り返し応力下で表面疲労が加速する。
対策SUS440C(HRC 57〜62)に変更。高硬度と炭化物による耐摩耗性で、軸受寿命が3倍以上向上した。
用途別カード
家庭用包丁(SUS420J2)
切れ味と靱性のバランスが重要。HRC 52〜55程度で、刃物として十分な硬さを持ちつつ、家庭での衝撃に耐える柔軟性を確保します。
ハサミ・園芸ばさみ(SUS420J2)
繰り返しの開閉衝撃に耐える靱性が最優先。SUS420J2の靱性の高さが、ハサミの支点での応力集中に対応します。
ステンレス製ボール軸受(SUS440C)
高硬度・耐摩耗性・適度な耐食性が揃うSUS440CはSUJ2(非ステンレス)の耐食版として精密軸受に使われます。高接触応力に対応。
精密測定器・ゲージ(SUS440C)
寸法安定性と耐食性が必要。錆びにくくHRC 60超の高硬度で、測定子の摩耗を最小化。寿命が長く、測定精度を保ちます。
選定チェックリスト:420J2か440Cか
材料選定チェックリスト
- ☐ 衝撃・曲げが加わる(開閉、打撃、落下)→ SUS420J2を優先
- ☐ 繰り返し応力・高接触圧力が主な荷重 → SUS440Cを検討
- ☐ 耐食性が最優先(海岸近い環境)→ SUS440C(Cr 16〜18%が高い)
- ☐ 加工コストを抑えたい → SUS420J2(焼入れ前の加工が容易)
- ☐ 高硬度が必須(スケール摩耗が主な劣化) → SUS440C(HRC 57〜62)
- ☐ 市場で一般的な包丁・ナイフ材料 → SUS420J2(業界標準)
- ☐ 回転・転がり接触が常時発生 → SUS440C(耐摩耗性が決定的)
まとめ:SUS420J2とSUS440Cで押さえておきたいこと
- どちらも焼入れ可能なマルテンサイト系ステンレスですが、炭素量(C 0.26〜0.40% vs. C 0.95〜1.20%)が大きく異なります。
- SUS420J2(HRC 50〜55・靱性重視)は衝撃・曲げが加わる家庭用刃物・ハサミの標準選択です。
- SUS440C(HRC 57〜62・高硬度)は摩耗・高接触圧力が主な劣化機構の精密軸受・ゲージ向きです。
- 「刃物=420J2、軸受=440C」と覚えることで、用途ごとの正確な選定が明確になります。
- 材料選定時は「どの荷重形態(衝撃 vs. 摩耗)が支配的か」を最優先に判断してください。


コメント