「金型鋼なのに焼入れしなくていいのか?」——プリハードン鋼に初めて触れる設計者・金型製作者がよく抱く疑問です。プリハードン鋼は製造メーカーが出荷前に調質(焼入れ焼戻し)を済ませた鋼材で、購入した状態で28〜40HRC程度の硬度が均一に入っています。本記事では、NAK80・P20という代表材を中心に、焼入れ不要の金型鋼がなぜ選ばれるのか、特性と使い分けを解説します。
1. プリハードン鋼とは
プリハードン鋼(Pre-hardened Steel)は、製造段階で焼入れ・焼戻し(調質)が完了した状態で出荷される金型用鋼材です。ユーザー側での熱処理が不要なため、次のメリットがあります。
熱処理変形がない
焼入れ時の寸法変形・ひずみが発生しない。精密加工後にそのまま金型として使用でき、焼入れ後の修正研削が不要。複雑形状でも精度が出しやすい。
リードタイムが短い
焼入れ・低温焼戻し・研磨の工程がなく、切削加工・放電加工・研磨で金型を完成できる。試作金型や短納期プロジェクトに有利。
溶接補修が容易
調質済みのため、金型破損時の溶接肉盛り補修がSKD11(焼入れ後)より容易。補修後の予熱・後熱条件も比較的緩やか。
2. NAK80とP20の比較
| 項目 | NAK80(大同特殊鋼) | P20(AISI規格・各社品) |
|---|---|---|
| 硬度(出荷状態) | 37〜43HRC | 28〜34HRC |
| 主な合金元素 | Ni・Cr・Mo・Al・Cu | Cr・Mo |
| 鏡面仕上げ性 | 非常に優れる(光沢・鏡面研磨向き) | 良好(NAK80よりやや劣る) |
| 被削性 | 良好 | 良好 |
| 放電加工性 | 良好 | 良好 |
| 溶接補修 | 可(専用溶接棒推奨) | 可(比較的容易) |
| 主用途 | 透明樹脂の光学部品金型・化粧品容器・精密プラスチック部品 | 汎用プラスチック射出成形金型・試作金型・大型金型 |
| コスト感 | やや高い | 比較的安価 |
NAK80の特徴:時効硬化型NAK80はNi・Al・Cu等を含む時効硬化型プリハードン鋼。加工後に480〜520℃で時効処理(エージング)を施すと、さらに数HRC硬度が上がる(析出硬化)。放電加工・研削後の時効処理で金型面の硬度・鏡面性を向上させる使い方もある。
3. 金型鋼の選び方──プリハードン鋼かSKD系か
金型材料の選定は「成形するプラスチックの種類」「ショット数(生産数量)」「金型形状の複雑さ」で判断します。
| 判断軸 | プリハードン鋼(NAK80・P20) | 焼入れ硬化鋼(SKD11・SKD61) |
|---|---|---|
| 必要ショット数 | 〜50万ショット(汎用樹脂) | 100万ショット以上(大量生産) |
| 樹脂の種類 | 汎用樹脂(PP・PS・ABS・PC等) | ガラス繊維入り・硬質充填材入り樹脂 |
| 金型の複雑さ | 複雑形状・細いリブ・スライド多数 | 比較的シンプル形状(焼入れ後修正困難) |
| 納期 | 短納期(熱処理工程なし) | やや長い(熱処理・研磨工程が必要) |
| 鏡面要求 | 透明部品・光学部品(NAK80が最適) | 可能だが研磨工数が増える |
4. プリハードン鋼の溶接補修の注意点
金型を溶接補修する際、プリハードン鋼はSKD11(焼入れ後:62HRC)より溶接しやすいですが、それでも注意が必要です。
注意:溶接補修時の予熱と補修後の処理NAK80の溶接補修では200〜300℃の予熱が推奨される。溶接後はすぐに焼ならし(後熱)を行い、残留応力を除去する。溶接部と母材の硬度差が大きいと、使用中に溶接境界部から割れが発生することがある。補修後は必ず硬度確認を行う。
5. トラブル事例
P20金型でガラス繊維入り樹脂を成形したら短期間で摩耗した
状況汎用グレードの射出成形金型としてP20を採用したが、材料変更でガラス繊維30%入りナイロン(PA66-GF30)を成形することになった。10万ショット程度でゲート周辺が著しく摩耗した。
原因P20の硬度(28〜34HRC)はガラス繊維の研削摩耗に対して不十分。ガラス繊維入り樹脂はゲート・ランナー・コアに対して研磨材として作用し、硬度の低い金型を急速に摩耗させる。
対策ガラス繊維入り・フィラー入りの硬質充填材樹脂には、焼入れ硬化鋼(SKD11:耐摩耗重視・60HRC以上、またはSKD61:靭性重視)を選定する。プリハードン鋼は無充填または低充填材グレードまでとする。
まとめ
- プリハードン鋼(NAK80・P20)は出荷前に調質済みで、熱処理変形がなく短納期・複雑形状の金型に向く。
- NAK80(37〜43HRC)は鏡面仕上げ性に優れ、透明樹脂・光学部品の精密金型に最適。
- P20(28〜34HRC)は汎用プラスチック射出成形金型・試作金型に広く使われる標準材。
- ガラス繊維入り・ミネラル充填材入りの硬質樹脂成形にはプリハードン鋼では硬度不足。SKD11・SKD61等の焼入れ硬化鋼を選定する。
- NAK80の溶接補修では200〜300℃の予熱と後熱が必要。補修後の硬度確認を忘れずに行う。


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