グリーンスチール・水素還元製鉄をやさしく解説:鉄鋼業の脱炭素化と化学反応のしくみ

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グリーンスチール・水素還元製鉄をやさしく解説:鉄鋼業の脱炭素化と化学反応のしくみ

「グリーンスチール」という言葉を耳にする機会が増えています。自動車・建設・家電など、あらゆる産業の基盤となる鉄鋼は、実は世界のCO₂排出量の約7〜14%を占める排出産業です。この課題を解決する切り札として注目されているのが、水素還元製鉄グリーンスチールです。この記事では、従来の製鉄法との違い・化学反応の仕組み・国内外の最新動向・課題をわかりやすく解説します。

① なぜ製鉄はCO₂を大量に排出するのか

現在の主流である高炉製鉄(高炉法)では、鉄鉱石(酸化鉄)をコークス(石炭由来の炭素)で還元して鉄を取り出します。この過程で避けられないのが、大量のCO₂発生です。

鉄鉱石の還元(従来法):Fe₂O₃ + 3CO → 2Fe + 3CO₂
従来の高炉法と水素還元製鉄の比較 【従来の高炉法】 高炉 鉄鉱石 + コークス コークス (炭素C) 鉄(Fe) CO₂大量排出 1トンの鉄を 作るのに 約1.8 t-CO₂ 排出 【水素還元製鉄】 シャフト炉 (直接還元炉) 鉄鉱石 + H₂ グリーン水素 (再エネ電解) 直接還元鉄(DRI) H₂O のみ排出 CO₂ ≈ 0 (H₂が再エネ由来の場合) VS Fe₂O₃ + 3CO → 2Fe + 3CO₂ Fe₂O₃ + 3H₂ → 2Fe + 3H₂O

🌿 従来の高炉法では、1トンの鉄を製造するのに約1.8トンのCO₂が排出されます。これは製造業の中でも特に多い部類です。

🌿 水素還元製鉄では、コークスの代わりに水素(H₂)を還元剤として使用します。水素と酸化鉄が反応して生じるのは水(H₂O)だけであり、CO₂の発生を原理的にゼロにできます。

② グリーンスチールとは何か:定義と3つのタイプ

グリーンスチールとは、製造時のCO₂排出量を大幅に削減した鉄鋼製品の総称です。ただし、現時点では国際的に統一された定義がなく、各メーカーや国によってアプローチが異なります。

タイプ内容CO₂削減実績
リアル・プライマリ型 製造プロセスそのものを変革し、実際にCO₂を大幅削減したプライマリ鉄鋼 SSAB(スウェーデン)・H2 Green Steel 最大 ▲95%
リアル・リサイクル型 再生可能エネルギー由来の電力で動かす電炉(EAF)でスクラップを再溶解 電炉メーカー全般 ▲60〜80%(高炉比)
証書(マスバランス)型 工程全体での削減量を特定の製品に割り当てる方式(実際の製品は通常鋼と混在) NSCarbolex Neutral(日本製鉄)
JGreeX(JFE)
Kobenable Steel(神戸製鋼)
割り当て次第で▲100%まで表記可

※ 国際エネルギー機関(IEA)は2022年に「ニア・ゼロ・エミッション素材」の定義案を提案しましたが、国際的な統一基準は2026年時点でも議論継続中です。グリーンスチールを購入する際は、どのタイプかを確認することが重要です。

③ 水素還元製鉄の化学反応と2つのアプローチ

水素還元製鉄の化学式:Fe₂O₃ + 3H₂ → 2Fe + 3H₂O(水のみ生成)

水素還元製鉄には大きく2つの技術アプローチがあります。

アプローチA:高炉水素還元(既存設備活用)

既存の高炉にコークスの一部の代わりとして水素を吹き込む方法です。設備投資を抑えながら段階的にCO₂を削減できますが、高炉の構造上、水素に完全に置き換えることはできません。

高炉水素還元法(COURSE50 / Super COURSE50) 高炉 コークス(削減) 水素H₂(吹込) 鉄鉱石 加熱水素 → 羽口から吹込み CO₂削減 43% (Super COURSE50) 銑鉄(溶融鉄) 課題:水素還元は吸熱反応 → 炉内温度低下を補熱で補う必要がある

アプローチB:直接水素還元(シャフト炉+電炉)

高炉を使わず、シャフト炉(直接還元炉)で水素だけを用いて鉄鉱石を還元し、直接還元鉄(DRI)を製造してから電炉で溶解・精錬する方法です。理論上はCO₂をゼロにできますが、大型化・低品位鉱石への対応・水素の安定供給が課題です。

直接水素還元+電炉プロセス(DRI-EAF方式) 再エネ電力 (太陽光・風力) 水電解 グリーン水素 シャフト炉 鉄鉱石 + H₂ ↓ 水素還元 DRI (直接還元鉄) 電炉(EAF) DRI + スクラップ ↓ 溶解・精錬 溶鋼 (再エネ電力使用) グリーンスチール 板材・棒材・管材 CO₂≈ゼロ (H₂が再エネ由来の場合) 排出は H₂O のみ 副生成物として水蒸気のみ発生 → 大気中に放出しても環境負荷なし

④ 水素還元製鉄の主な技術・経済課題

🌡️ 吸熱反応による炉内温度低下

水素による還元反応は吸熱反応です。コークス燃焼による発熱がなくなると炉内温度が下がり、鉄が溶融しにくくなります。水素を事前加熱して吹き込む技術が開発されていますが、大型炉での安定操業は引き続き課題です。

💰 グリーン水素の高コスト

水素還元製鉄で使うグリーン水素(再エネ電解)は、現状の化石燃料と比べてコストが高く、大量かつ安定供給のインフラも整っていません。2024年度に日本で水素社会推進法が成立し、政府支援の枠組みが整備されましたが、コスト競争力の達成には時間がかかります。

⚗️ 高品質鋼の製造難易度

電炉では自動車外板などに使う高級薄板鋼の製造が難しいとされてきました。不純物管理・脱リン・脱窒素が高炉法より難しく、日本製鉄では2025年から大型電炉での高級鋼製造試験を開始しています。

📋 定義・認証基準の未整備

グリーンスチールの国際的な統一定義がなく、各社・各国でバラバラです。マスバランス方式の透明性・信頼性をどう担保するかが、市場形成の上での大きな課題です。IEAや各国政府が標準化に取り組んでいます。

⑤ 製鉄プロセス別CO₂排出量の比較

CO₂排出量(t-CO₂/t-鉄)

※ 数値は各種資料・文献の参考値です。再エネ由来の電力・水素を使用した場合の理想値であり、実際の値は使用エネルギーの由来により大きく変わります。

⑥ 国内外の主要な取り組みと最新動向

日本の動向

2008年〜
NEDO「COURSE50」プロジェクト開始。日本製鉄・JFEスチール・神戸製鋼所が参画し、高炉でのCO₂削減技術を開発。
2024年2月
日本製鉄が「Super COURSE50」試験炉で加熱水素吹込みによる高炉CO₂排出量33%削減を世界最高水準として発表。
2024年11〜12月
日本製鉄が試験を重ね、さらなる世界記録更新となる高炉CO₂排出量43%削減を確認。
2024年度
「水素社会推進法」が成立。供給開始後15年間の価格差支援・拠点整備支援など政府支援の仕組みが整備される。
2030年目標
日本政府が水素還元高炉プロセスの商用第1号機稼働を目指す。水素直接還元技術は2040年代半ばの社会実装を目標に開発継続。

世界の動向

国・企業プロジェクト名技術・方式進捗(2025年時点)
スウェーデン
SSAB・LKAB・Vattenfall
HYBRIT 直接水素還元+電炉 2020年パイロット稼働済。2026年商業生産開始目標
スウェーデン
H2 Green Steel
H2GS製鉄所 直接水素還元+電炉 ボーデンに製鉄所建設中。CO₂95%削減を訴求
ドイツ
thyssenkrupp
tkH2Steel 水素直接還元炉 デュイスブルクで実証進行中
欧州
ArcelorMittal
Hamburg DRI実証 直接水素還元炉 ハンブルク工場内に実証プラントを建設中
中国
河北鋼鉄集団
水素高炉実証 高濃度水素ガス高炉 60万t/y規模の実証試験を2022年完了と発表

📊 IEAは、2050年時点のグリーンスチール市場が約5億トンに達し、2070年にはほぼすべての製鉄がグリーンスチールに置き換わると予測しています。グリーンスチールが使えないと市場に参入できない時代が来る可能性があります。

⑦ グリーンスチールが普及すると何が変わる?

🚗 自動車産業

スコープ3排出(サプライチェーン排出)の削減が求められる自動車メーカーにとって、ボディ・シャシーの鋼材をグリーンスチールに切り替えることは脱炭素戦略の柱の一つです。ボルボ・カーズがHYBRIT製グリーンスチールを使って世界初の自動車製造を発表しました。

🏗️ 建設・インフラ

橋梁・構造材・鉄骨に使われる鋼材もグリーンスチール化の対象です。欧州ではグリーン調達基準の整備が進んでおり、公共インフラ入札でCO₂排出量の低い素材を優遇する動きが広がっています。

🏭 製造業全般(スコープ3対応)

サプライヤーとして鋼材を提供する企業は、調達先のグリーンスチール対応が求められるようになっています。「何%グリーンスチールか」を証明するための認証・トレーサビリティの仕組みも整備が進んでいます。

⚡ 再生可能エネルギー機器

風力タービン・太陽光パネル架台・蓄電池筐体など、脱炭素インフラ自体にも鋼材が大量に使われます。これらをグリーンスチールで作ることで「脱炭素のための設備」の環境価値がより高まります。

まとめ:グリーンスチール・水素還元製鉄で押さえておきたいこと

  • グリーンスチールとは、製造時のCO₂排出を大幅削減した鉄鋼製品の総称です。国際的な統一定義はまだなく、リアル・プライマリ型/リアル・リサイクル型/証書型の3タイプがあります。
  • 水素還元製鉄の化学式は Fe₂O₃ + 3H₂ → 2Fe + 3H₂O。CO₂の代わりに水(H₂O)が生じ、再エネ由来の水素を使えばCO₂排出を原理的にゼロにできます。
  • 技術アプローチは「高炉水素還元(既存設備改良・CO₂最大43%削減)」と「直接水素還元+電炉(DRI-EAF、CO₂理論上ゼロ)」の2種類があります。
  • 日本製鉄のSuper COURSE50では2024年に高炉CO₂排出量43%削減を確認し、世界最高水準を更新しています。
  • 主な課題は「水素還元の吸熱反応への対処」「グリーン水素の高コスト・供給インフラ」「高品位鋼の電炉製造」「国際的な定義・認証基準の整備」の4点です。
  • IEAは2070年までにほぼすべての製鉄がグリーンスチールに置き換わると予測しており、自動車・建設・製造業はサプライチェーン全体での脱炭素対応が求められています。

グリーンスチール・水素還元製鉄は、鉄鋼業だけでなく製造業全体の脱炭素化を左右する重要技術です。技術開発・インフラ整備・国際標準化が同時に進む今後10〜20年の動向を、ぜひ引き続き注目してください。

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