SUJ2(軸受鋼)の熱処理──残留オーステナイト管理とサブゼロ処理の実務

熱処理

軸受部品(ベアリング)に使われるSUJ2は高炭素クロム軸受鋼であり、熱処理後の残留オーステナイト管理が精密軸受の寸法安定性に直結します。焼き入れ後には15〜25%程度の残留オーステナイトが存在し、これを放置すると使用中に徐々にマルテンサイトに変態して部品が膨張します。精密軸受では数µmの寸法変化が精度に影響します。サブゼロ処理(深冷処理)は残留オーステナイトを使用前に強制変態させる処理で、精密軸受・精密工具では焼き入れ後の必須工程として位置づけられます。

SUJ2の成分と特性

項目規定値(JIS G 4805)特徴
C(炭素)0.95〜1.10%高炭素。マルテンサイト硬さと炭化物形成に寄与
Si(ケイ素)0.15〜0.35%脱酸材
Mn(マンガン)≦0.50%低Mn。偏析・残留オーステナイト増加を抑制
Cr(クロム)1.30〜1.60%焼入性向上・微細炭化物(Cr₂C₃等)形成
P・S各≦0.025%清浄度要求が高い(転動疲労寿命に影響)

SUJ2の最大の特徴は「高清浄度鋼」であることです。非金属介在物(酸化物・硫化物)が転動疲労破壊の起点になるため、軸受鋼は鋼の清浄度が通常の機械構造用鋼より厳しく管理されています。

標準的な熱処理フローと条件

工程条件目的・効果
焼きなまし(前処理)780〜830℃ × 数時間 → 炉冷(球状化焼なまし)炭化物の球状化→加工性向上、均一組織の確保
焼き入れ840〜870℃ × 保持時間後 → 油冷マルテンサイト生成。表面〜芯部の均一焼き入れ
サブゼロ処理(必要な場合)−75〜−80℃(ドライアイス)または−196℃(液体窒素)× 1〜2h残留オーステナイトのマルテンサイン変態→寸法安定性向上
焼き戻し160〜180℃ × 2h(低温焼き戻し)残留応力緩和・靱性改善。硬さわずかに低下

残留オーステナイトの発生と問題点

SUJ2を840〜870℃で焼き入れすると、理論的にはすべてマルテンサイトになるはずですが、実際には変態が完了せず一部のオーステナイトが室温で残存します。これが残留オーステナイトです。

残留オーステナイトが問題を起こす条件は2つです。

①使用中の変態(ディメンジョナルインスタビリティ):残留オーステナイトは使用中の温度・応力変化でマルテンサインに変態します。マルテンサイトはオーステナイトより体積が大きいため、変態すると部品が膨張します。精密軸受では数µmの寸法変化が軸受内部すきまに影響し、振動・騒音・早期損傷につながります。

②硬さへの影響:オーステナイトはマルテンサイトより軟らかいため、残留オーステナイトが多いと硬さが低くなります。また、転動疲労中に変態が進むと疲労き裂の起点になることがあります。

サブゼロ処理(深冷処理)の原理と条件

鋼の残留オーステナイトは低温に冷却するとマルテンサイトに変態します。室温での変態が終わっても、さらに低温まで冷却すると追加のマルテンサイト変態が起きます。この原理を利用したのがサブゼロ処理です。

処理方法温度媒体残留オーステナイト低減効果用途
サブゼロ処理−75〜−80℃ドライアイス+アルコール15〜25%→5〜10%程度に低減精密軸受・精密工具
超サブゼロ処理(深冷処理)−150〜−196℃液体窒素15〜25%→1〜3%程度に低減最高精度軸受・精密ゲージ
注意サブゼロ処理は焼き入れ後できるだけ速やかに(室温放置なしで)実施します。焼き入れ後に長時間室温放置すると残留オーステナイトが安定化して変態しにくくなります。また、サブゼロ処理後は必ず焼き戻し(160〜180℃)を実施して割れリスクを下げます。

SUJ2の熱処理後硬さと組織

処理状態硬さ目安組織
焼き入れ後(焼き戻しなし)64〜66HRCマルテンサイト+残留オーステナイト(15〜25%)+炭化物
焼き入れ+サブゼロ処理後64〜66HRC(維持)残留オーステナイト減少→マルテンサイト比率増加
低温焼き戻し(160〜180℃)後62〜64HRC焼き戻しマルテンサイト+微細炭化物

焼き入れ温度の管理

SUJ2の焼き入れ温度には上限と下限があります。

低すぎる場合(840℃以下):炭化物の溶解が不十分で、焼き入れ後の硬さが不足します(未溶解炭化物が多く残る)。

高すぎる場合(900℃以上):炭素がオーステナイトに過剰に溶け込み、Ms点が下がります。残留オーステナイトが増加し、焼き入れ後の硬さが逆に低下します(過熱焼き入れ)。また、結晶粒が粗大化して靱性が低下します。

840〜870℃の範囲に収めることが品質安定の前提です。

精密軸受のサブゼロ処理省略→ゲーム後に振動増大
状況高精度スピンドル用軸受(SUJ2)を生産コスト削減のためサブゼロ処理を省略して出荷。使用開始後3ヶ月で振動値(P0クラスの許容値)を超えたという客先クレームが発生。
原因サブゼロ処理を省略したため残留オーステナイトが20%程度残存していた。スピンドル稼働中の温度上昇と応力で残留オーステナイトがマルテンサイトに変態し、軌道輪と転動体の寸法が増大。内部すきまが変化して振動増大した。
対策高精度軸受(P5クラス以上)へのサブゼロ処理(−75℃)を必須工程として復活。P0クラスの汎用軸受についてはコストと用途を考慮し、個別判断する方針に変更。
SUJ2熱処理 管理チェックリスト
  • 焼き入れ温度が840〜870℃の範囲に制御されているか(過熱・低温どちらも残留オーステナイト増加につながる)
  • 精密軸受(P5クラス以上)にはサブゼロ処理が必要かどうか用途を確認したか
  • サブゼロ処理は焼き入れ後できるだけ速やかに実施しているか(長時間の室温放置は避ける)
  • サブゼロ処理後に焼き戻し(160〜180℃)を実施しているか
  • 焼き入れ油の温度管理(40〜80℃)ができているか(油温変動は焼き入れ性に影響)

まとめ

  • SUJ2の焼き入れ後には15〜25%の残留オーステナイトが残存する——使用中の変態が寸法変化を引き起こす
  • サブゼロ処理(−75〜−80℃)または超サブゼロ(−196℃)で残留オーステナイトを事前変態させる
  • 焼き入れ温度は840〜870℃に厳密に管理する——過熱は残留オーステナインを増加させ硬さを下げる
  • 精密軸受・精密工具ではサブゼロ処理→焼き戻し(160〜180℃)の順序が標準フロー

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