金型材料の選び方をやさしく解説:なぜその材料なのか、工程別に理解する
「金型材料の一覧表は見たけれど、なぜSKD11を使うのかはわからなかった」——そういう経験はありませんか。材料名を覚えることよりも、「この工程でこの材料が選ばれる理由」を理解する方が、実際の選定ミスを防ぐうえで圧倒的に役立ちます。この記事では、冷間打抜き・深絞り・熱間鍛造・ダイカストという4つの代表的な加工工程を題材に、それぞれの失敗の原因から材料選定の根拠まで、ステップを踏んで解説します。
① JIS工具鋼の記号体系:読み方の基本
📌 グレード番号について
数字が大きいほど高性能ではありません。SKD11とSKD61はどちらも「ダイス鋼」ですが、冷間用(高炭素高クロム)と熱間用(Cr-Mo-V系)という全く異なる材料です。番号は組成の分類コードです。
② 3つの視点で材料を整理する
✅ まず失敗しにくい標準材
実績が多く、熱処理・加工・補修の知見が豊富な材料。条件が特殊でなければ最初はここを選ぶ。
例:SKD11(冷間)、SKD61(熱間・DC)、NAK80(射出)
⚠️ 過剰品質になりやすい材
性能は高いが、コスト・加工難易度・納期リスクも高い。本当に必要な場面を見極めないと損をする材料。
例:SKH51(中速精度型)、STAVAX(耐食不要な型)
🔧 表面処理込みで考える材
素材単体では性能が足りないが、窒化・DLCなどをセットにすることで初めて目標性能に達する材料。
例:SKD61+窒化(DC)、SCM415+浸炭(摺動部)
③ 冷間打抜き型:なぜ高炭素高クロム鋼が選ばれるのか
Q. 冷間打抜き型はなぜ摩耗するのか?
打抜き加工では、パンチとダイが金属板を「切り込む」たびに、工具表面に繰り返し高い接触圧力がかかります。金属板の硬さが工具表面の硬さに近づくほど摩耗が加速します。さらに打抜き断面のバリを削り取るような「アブレッシブ摩耗」と、かじりによる凝着摩耗の両方が同時に進行します。耐摩耗性の高い材料が必要になる根本理由はここにあります。
| 材料 | 分類 | なぜ選ばれるか(根拠) | 向いていない場面 | 硬さ目安 |
|---|---|---|---|---|
| SKD11 | 標準材 | C約1.5%+Cr約12%。多量の炭化物析出でHRC 60以上を実現。焼入れ性が高く安定した熱処理が可能。加工・補修の知見が圧倒的に多い。 | 衝撃荷重が大きい厚板の抜き加工(靭性不足で欠けが生じやすい) | 58〜62HRC |
| DC53(大同特殊鋼) | 標準材(靭性重視) | SKD11改良型。焼戻し温度を上げてもHRC 62〜63を維持でき、靭性をSKD11比で約2倍に高めた。放電加工後の表面脆化層でも割れにくい。 | 汎用品と比べてコストが高いため、薄板単純打抜きへの適用は過剰になりやすい | 62〜63HRC |
| SKH51 | 過剰品質になりやすい | W-Mo系。HRC 63〜66と非常に高硬度。高速精密打抜きパンチに本領を発揮するが、通常速度の打抜き型には硬度的に過剰になることが多い。 | 低速・低精度加工への適用はコスト過剰。脆く欠けやすいため振動・衝撃条件には不向き。 | 63〜66HRC |
| SKD11+TiNコーティング | 表面処理込み | 素地の靭性を維持したまま、表面硬度をHV 2000〜2500に引き上げる。アルミ・ステンレスの打抜きで発生する凝着摩耗を大幅に抑制できる。 | 処理コスト増加。再研削後は再コーティングが必要なため、消耗の激しい単純形状より複雑形状パンチに向く。 | 素地58〜62HRC+表面HV 2000〜2500 |
④ 深絞り型:摩耗と凝着の両方と闘う材料選定
Q. 深絞り型はなぜ打抜き型と違う材料を使うことがあるのか?
打抜きが「切断する」加工であるのに対し、深絞りは「引き延ばして成形する」加工です。素材が長時間にわたって工具表面を滑り続けるため、凝着摩耗(材料が工具に貼り付く)が主要な破損形態になります。このため、単純に「硬ければよい」ではなく、硬さと摺動特性のバランスが問われます。
| 材料 | 分類 | なぜ選ばれるか(根拠) | 注意点 | 硬さ目安 |
|---|---|---|---|---|
| SKD11 | 標準材 | 炭化物が摺動面のスペーサー役を果たし、素材との直接接触面積を減らす効果がある。冷間打抜きと兼用できるため設備・熱処理知見の共有がしやすい。 | ステンレス板の深絞りでは凝着が激しく、表面処理(TiN・DLC)なしでは早期摩耗が起こる。 | 60〜62HRC |
| アルミ青銅(CAC702等) | 標準材(絞りビード・ダイ肩) | Cu-Al系合金は鉄系材料と凝着しにくい(異種金属効果)。自己潤滑性があり、潤滑剤が薄い条件でも焼付きにくい。ステンレス・チタンなど難成形材の絞りに特に有効。 | 硬さが200〜250HVと鋼系より低く、高張力鋼板の絞りでは摩耗が早い。超高強度板への適用は不向き。 | 200〜250HV |
| SKD11+DLCコーティング | 表面処理込み | DLC(ダイヤモンドライクカーボン)は摩擦係数が0.05〜0.15と極めて低く、凝着摩耗を根本から抑制する。ステンレス・高張力鋼板の深絞りにおける寿命延長効果が大きい。 | コスト高。膜厚1〜5µm程度と薄いため、研削後は必ず再コーティングが必要。 | 素地60〜62HRC+表面HV 1500〜3500 |
| 超硬合金(WC-Co) | 過剰品質になりやすい | HV 1300〜1800と圧倒的な硬さ。非常に高い耐摩耗性を持つ。ただし靭性が低く、複雑形状のダイに使うとチッピングのリスクがある。小ロット型への適用はコスト面で過剰。 | 大量生産の単純形状絞りダイ以外では費用対効果が出にくい。 | HRA 85〜92 |
⑤ 熱間鍛造型:なぜ「靭性」と「耐熱疲労」が最優先になるのか
Q. 熱間鍛造型はなぜ冷間型より低い硬さで使うのか?
熱間鍛造では、1000〜1200℃に加熱された素材が金型に高速で衝突します。この「加熱→冷却」の繰り返しが熱疲労亀裂(ヒートチェック)の原因です。高硬度材は耐摩耗性に優れますが、脆いため衝撃と熱疲労で割れやすくなります。熱間鍛造型に必要なのは「衝撃に耐える靭性」と「熱変動に耐える耐熱疲労性」であり、耐摩耗性は二次的な要件です。このため、冷間型より意図的に低い硬さ(HRC 44〜52程度)で使います。
| 材料 | 分類 | なぜ選ばれるか(根拠) | 注意点 | 硬さ目安 |
|---|---|---|---|---|
| SKD61 | 標準材 | 5%Cr-Mo-V系。高温強度と靭性のバランスに優れ、熱疲労亀裂の発生・進展を抑制する。熱間鍛造型の事実上の標準材であり、国内外で最も知見が多い。米国H13と高い互換性を持つ。 | 大型型では中心部の靭性が不足する場合がある。 | 44〜52HRC |
| DH31-S / DH31-EX(日立金属) | 標準材(大型・高荷重) | SKD61改良型。Mo・Vの添加量を最適化し、熱疲労寿命をSKD61比で1.5〜2倍に向上。大型鍛造型・高荷重条件で選ばれる。 | SKD61より高価。調達ルートが限定されるため、量産型では予備在庫の確保を検討する。 | 44〜50HRC |
| SKD61+イオン窒化 | 表面処理込み | 表面にHV 900〜1200の窒化層を形成。耐摩耗性・離型性が向上し、熱疲労亀裂の発生を遅延させる効果がある。気体窒化よりイオン窒化が均一性・制御性に優れる。 | 窒化層は5〜20µm程度と薄く、修正研削のたびに再処理が必要。窒化温度の管理不良では靭性低下のリスクがある。 | 素地44〜50HRC+表面HV 900〜1200 |
| SKH51(熱間鍛造用) | 過剰品質になりやすい | 高温硬度に優れるが、熱間鍛造条件での衝撃靭性が低い。ダイ全体への適用より、穴抜き部など局部的な耐摩耗が求められる部位のインサート材として適切。 | 型全体への使用は靭性不足で割れが生じやすい。インサート限定での使用を推奨。 | 50〜58HRC |
⑥ ダイカスト型:溶湯溶損・ヒートチェック・離型性の三者が競合する
Q. ダイカスト型はなぜ材料だけでなく表面処理が必須になるのか?
ダイカスト型は、600〜700℃のアルミ溶湯が高速(30〜100m/s)で充填されるという過酷な条件にさらされます。主な破損モードは①溶湯によるエロージョン(溶損)、②加熱冷却の繰り返しによるヒートチェック、③アルミ溶湯と鉄の凝着による離型不良の3つです。SKD61単体では溶損とヒートチェックへの耐性に限界があるため、窒化処理を組み合わせてはじめて実用レベルの寿命が得られます。
| 材料・処理 | 分類 | なぜ選ばれるか(根拠) | 注意点 | 硬さ目安 |
|---|---|---|---|---|
| SKD61+イオン窒化 | 標準材(セット前提) | SKD61の靭性・耐熱疲労性を基盤に、窒化層(HV 900〜1200)が溶損・凝着・摩耗を同時に抑制する。「SKD61単体では不十分、窒化込みで設計する」という思想が業界標準。 | 窒化処理は型形状・素地硬さの管理が重要。処理温度が高すぎると素地の靭性が低下する。 | 素地44〜50HRC+表面HV 900〜1200 |
| DH31-S / DH31-EX+窒化 | 標準材(大型・高圧DC) | SKD61改良材+窒化の組み合わせ。大型アルミ・マグネシウムダイカスト型で採用される。熱疲労寿命がSKD61比で延長されるため、型交換頻度を下げたい量産ラインに向く。 | JIS外品のため複数メーカーからの調達比較が困難。ミルシートによる成分確認を徹底すること。 | 素地44〜48HRC+表面HV 900〜1200 |
| 超硬合金(WC-Co)インサート | 表面処理込み(部分適用) | ゲート・スプール・ランナー部など溶損が最も激しい局部のみ超硬合金インサートに置き換える設計が有効。SKD61では数千ショットで溶損する部位の寿命を10〜50倍に延ばせる。 | 全体への適用は靭性不足でNG。インサートの圧入精度・締め代管理が重要。 | HRA 85〜90(HV 1300〜1800) |
| FDAC・DAC-MAGIC等(プリハードン熱間鋼) | 標準材(試作・小ロット) | HRC 38〜42出荷品。焼入れ・時効処理が不要なため短納期対応が可能。試作型・少量生産型への適用に向く。全長が長い場合でも焼入れ歪みが生じない点が利点。 | 硬さがSKD61焼入れ材より低いため、大量生産型への適用は寿命が短くなる。 | 38〜42HRC(プリハードン) |
| SKH51(DC用インサート) | 過剰品質になりやすい | 高温硬度に優れるが、ダイカスト条件での衝撃靭性が不十分。型全体への適用は脆性破損のリスクが高い。小ロット型や試作型への適用はコスト過剰になる場合が多い。 | 使用する場合はコア・スライドの局部インサート限定が現実的。 | 50〜58HRC |
⑦ 工程横断比較:4加工の材料選定ロジックを一覧で見る
| 加工工程 | 主な破損モード | 必要な最優先性能 | まず失敗しにくい標準材 | 過剰品質になりやすい材 | 表面処理込みで考える材 |
|---|---|---|---|---|---|
| 冷間打抜き | アブレッシブ摩耗・凝着摩耗 | 高硬度(HRC 58以上) | SKD11 | SKH51(通常速度では過剰) | SKD11+TiN・DLC(SUS板・Al板) |
| 深絞り | 凝着摩耗(長時間摺動) | 耐凝着性+適度な硬さ | SKD11・アルミ青銅(ビード部) | 超硬合金(小ロット・複雑形状) | SKD11+DLC(SUS・高張力板) |
| 熱間鍛造 | ヒートチェック・塑性変形 | 高温靭性+耐熱疲労 | SKD61 | SKH51(型全体への適用) | SKD61+イオン窒化 |
| ダイカスト | 溶損・ヒートチェック・凝着 | 耐熱疲労+耐溶損+離型性 | SKD61+窒化(セット前提) | SKH51(型全体・脆性リスク) | 超硬合金インサート(ゲート部) |
⑧ JIS・海外規格対応表:調達・設計時の早見表
| JIS(日本) | AISI/ASTM(米国) | DIN/EN(欧州) | GB(中国) | 備考・注意点 |
|---|---|---|---|---|
| SKD11 | D2 | 1.2379 / X155CrVMo12-1 | Cr12MoV | 最も互換性が高い。各規格でほぼ同等の組成。 |
| SKD61 | H13 | 1.2344 / X40CrMoV5-1 | 4Cr5MoSiV1 | V含有量がJIS vs AISIで微差あり。ミルシート確認必須。 |
| SKH51 | M2 | 1.3343 / HS6-5-2 | W6Mo5Cr4V2 | W-Mo系ハイスの世界標準。M2との互換性が高い。 |
| SKS3 | O1に近い | 1.2510に近い | 9CrWMnに近い | 完全一致する規格なし。O1が近似材として多用される。 |
| SUS420J2 | 420 | 1.4028 / X30Cr13 | 3Cr13 | マルテンサイト系SUS。腐食対策部品に使用。 |
| P20相当(メーカー品) | P20(AISI) | 1.2311 / 40CrMnMo7 | 3Cr2Mo | 射出成形の汎用プリハードン。AISIが実質標準。 |
| STAVAX ESR(Uddeholm) | 420 ESR相当 | 1.2083 ESR相当 | メーカー品 | JIS外品。ESR(エレクトロスラグ再溶解)による高均一組織。 |
⚠️ SKD61 vs H13の成分差に注意
JIS SKD61とAISI H13はほぼ同等とされますが、V(バナジウム)の規定上限がJISでは1.20%、AISIでは1.75%と異なります。海外鋼材をSKD61仕様と同等として調達する際は、実測値で確認してください。
まとめ:金型材料選定で押さえておきたいこと
- 材料名より先に「何が壊れるか(摩耗・ヒートチェック・溶損・腐食)」を確認するのが選定の第一歩
- 冷間打抜き型:高炭素高クロムのSKD11が標準。摩耗の主因はアブレッシブ摩耗と凝着摩耗
- 深絞り型:長時間摺動による凝着摩耗が主体。硬さだけでなく摺動特性(DLC・アルミ青銅)で対応
- 熱間鍛造型:靭性と耐熱疲労が最優先。SKD61を意図的に低硬度(44〜52HRC)で使う理由はここにある
- ダイカスト型:溶損・ヒートチェック・凝着の3モードに同時対応するには「SKD61+窒化」がセット標準
- SKH51は高速精密打抜きや局部インサートに本領を発揮。型全体・通常速度への適用は過剰品質になりやすい
- 超硬合金はゲート・スプールなど極局部の溶損対策に有効。型全体への適用は靭性不足で割れリスクがある
- 表面処理(TiN・DLC・窒化)は「素材の代替」ではなく「素材の弱点補完」として計画的に選ぶ
- SKD61とH13のV含有量規定差など、JIS vs 海外規格の微差はミルシートで実確認することが必須

