「ハイス」と呼ばれる高速度工具鋼(SKH)は、タングステン(W)・モリブデン(Mo)・バナジウム(V)・コバルト(Co)を含む高合金工具鋼です。高温でも硬度を維持する「高温硬さ」が最大の特徴で、切削中に工具刃先が600℃近くになっても性能を失いません。SKH51・SKH55・SKH57の違いを成分と用途から整理し、超硬合金との使い分け判断基準を解説します。
1. 高速度工具鋼(ハイス)の基本
高速度工具鋼は1900年代初頭に開発された、当時の「高速切削を可能にした鋼」です。現在はSKH(Steel Kougu High-speed)という記号でJIS G 4403に規定されています。
2. SKH51・SKH55・SKH57の成分比較
| 項目 | SKH51(M2相当) | SKH55(M35相当) | SKH57(M42相当) |
|---|---|---|---|
| C(炭素) | 0.80〜0.90% | 0.85〜0.95% | 1.00〜1.10% |
| W(タングステン) | 5.50〜6.70% | 5.50〜6.70% | 1.20〜1.90% |
| Mo(モリブデン) | 4.50〜5.50% | 4.50〜5.50% | 9.00〜10.00% |
| Cr(クロム) | 3.80〜4.50% | 3.80〜4.50% | 3.50〜4.50% |
| V(バナジウム) | 1.60〜2.20% | 1.60〜2.20% | 1.00〜1.35% |
| Co(コバルト) | なし | 4.50〜5.50% | 7.50〜8.50% |
| 焼入れ後硬さ | 63〜65HRC | 64〜66HRC | 65〜67HRC |
| 高温硬さ(600℃) | 約50HRC相当 | 約53HRC相当 | 約55HRC相当 |
| 靭性 | ◎(ハイスの中で最高) | ○ | △(コバルト量が多いと低下) |
| コスト | ◎ 最安 | ○ やや高い | △ 高い(Co高価) |
Co(コバルト)の添加量が高温硬さと靭性のバランスを決定する。SKH51は靭性最大・コスト最安で汎用工具に。SKH57はCoを8%超含み高温硬さが最大だが靭性は低下するため、刃先に過大な衝撃荷重がかかる用途は避ける。
3. 型番ごとの用途と選び方
ドリル・エンドミル・リーマ・タップの汎用材として最も広く使われる。炭素鋼・アルミ・銅の切削から始め、SKH51で刃持ちが悪ければ上位鋼種を検討する。コストと性能のバランスが最も良く、量産用の再研削ドリルとして現場に常備されている。被削材がS45C・SS400・SUS304(軟質)程度まで対応。
Co添加で高温硬さが向上するため、SUS304・SUS316・SCM435など切削熱が発生しやすい材料への対応力が高い。高速切削や乾式切削(クーラントなし)など刃先温度が上がりやすい条件でもSKH51より刃持ちが良い。ブローチ工具・ホブ・インサートバイトにも使用される。
Co量8%超で高温硬さが最大。耐熱合金(インコネル・ハステロイ)・チタン合金・高硬度材の切削に選ばれる。ただし靭性が低いため断続切削・衝撃荷重がかかる用途では欠けやすい。直径が細い(4mm以下)エンドミルへの採用は折損リスクがあり、この用途では超硬工具の方が適切なことが多い。
4. ハイスと超硬合金の使い分け
現場では「ハイスか超硬か」という選択をすることが多いです。それぞれの特徴を整理します。
| 項目 | ハイス(SKH) | 超硬合金(WC-Co) |
|---|---|---|
| 硬さ | 63〜67HRC | 88〜93HRA(約1400〜1600HV) |
| 耐熱性(高温硬さ) | ○(600℃で約50HRC維持) | ◎(800℃以上でも高硬度維持) |
| 靭性(欠けにくさ) | ◎(衝撃に強い) | △(脆性材料・衝撃に弱い) |
| 再研削・再加工 | ◎ 容易(砥石で研削可) | △ 困難(専用装置が必要) |
| 工具コスト | ◎ 安い | △ 高い(WCが高価) |
| 切削速度 | △〜○(低〜中速) | ◎(高速切削に対応) |
| 加工精度・面粗さ | ○ | ◎(剛性が高く変形少ない) |
超硬が有利:量産加工で切削速度を最大化したい / 高硬度材(50HRC以上)の切削 / 加工精度・面粗さを最優先にしたい / 専用工程で工具寿命の安定性が必要
5. ハイスの熱処理(焼入れ・焼戻し)
| 工程 | 温度・条件 | ポイント |
|---|---|---|
| 予熱 | 400〜500℃ × 予熱 → 800〜850℃ × 2段予熱 | 急加熱による熱応力割れを防止。2段予熱が標準。 |
| 焼入れ加熱 | SKH51: 1210〜1240℃ / SKH55: 1210〜1240℃ / SKH57: 1190〜1220℃ | 合金炭化物を十分にオーステナイトに固溶させる高温域。過熱すると粒界溶融(バーニング)が起きる。 |
| 冷却 | 塩浴急冷または真空炉加圧ガス冷却 | 油焼入れも可能だが変形が大きい。真空焼入れが現代の標準。 |
| 焼戻し | 540〜560℃ × 1時間 × 3回(2次硬化ピーク) | 焼入れ直後に残留オーステナイトが多く存在する。3回繰り返してマルテンサイトに変態させ切ることが重要。1〜2回では残留オーステナイトが残り、経時変化で寸法が狂う。 |
| 焼戻し後硬さ | SKH51: 63〜65HRC / SKH55: 64〜66HRC / SKH57: 65〜67HRC | 焼戻し温度が低いと残留オーステナイトが多くなり硬さが低下。高すぎると過剰軟化。 |
6. トラブル事例
まとめ
- SKH51は汎用ハイスの標準材。靭性・コストのバランスが最も良く、ドリル・エンドミル・タップの量産工具に最適。炭素鋼・SUS軟質材まで対応。
- SKH55はCo添加(5%)で高温硬さが向上。SUS304・SCM435など難削性が高い材料や高速切削・乾式切削に有効。
- SKH57はCo量8%超で高温硬さ最大。インコネル・チタン等の超難削材向けだが靭性が低く、小径工具(φ4mm以下)への採用は折損リスクに注意。
- 焼戻しは必ず3回繰り返す。残留オーステナイトが残ると経時変形で精度工具の寸法が狂う。焼戻し回数の削減は不可。
- ハイスと超硬の使い分け基準:衝撃・断続切削・再研削重視 → ハイス。高速・量産・硬質材 → 超硬合金。


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