「溶接棒は何でもいいだろう」と思って選んだ溶加材が、母材の強度を下回ったり、溶接後に割れが発生したりする——溶接材料の選定ミスは現場で意外と多いトラブルです。溶加材は母材の種類・溶接方法・使用環境に合わせて選ぶ必要があり、間違えると溶接部が構造の弱点になります。この記事では、代表的な母材ごとの溶加材選定の基本と、選定ミスが起きやすい場面を整理します。
溶加材の役割——何を基準に選ぶのか
溶加材(溶接棒・溶接ワイヤー・溶接フラックス)は溶接部(溶接金属)の成分と機械的特性を決める材料です。母材が溶けて溶加材と混合した溶接金属が、冷却・凝固して接合部になります。選定の基本軸は3つです。
溶加材選定の3つの基本軸
① 強度マッチング:溶接金属の引張強さ ≥ 母材の引張強さ(アンダーマッチは原則NG)
② 化学成分の適合:割れ感受性・耐食性・高温特性を母材と同等以上に保つ
③ 溶接方法との適合:被覆アーク(SMAW)・MIG/MAG・TIG・SAWそれぞれに対応した形状・規格品を使う
② 化学成分の適合:割れ感受性・耐食性・高温特性を母材と同等以上に保つ
③ 溶接方法との適合:被覆アーク(SMAW)・MIG/MAG・TIG・SAWそれぞれに対応した形状・規格品を使う
母材別の溶加材選定——代表的な組み合わせ
炭素鋼・低合金鋼(SS400・SM400・SM490・S45C等)
| 母材 | 溶接方法 | 代表的な溶加材(JIS規格) | 選定ポイント |
|---|---|---|---|
| SS400・SM400(490MPa級) | 被覆アーク | Z3211 E4316(LB-52系) | 低水素系を選ぶ。高温割れ防止。 |
| SS400・SM400 | MAG溶接 | Z3312 YGW11・YGW12 | シールドガスはAr+CO₂(20%)混合が一般的。 |
| SM490・HT490 | 被覆アーク | Z3211 E4916(LB-52U系) | 490MPa級に合わせた高強度低水素系。 |
| S45C・S50C | TIG・被覆アーク | ER70S-6・E7016相当品 | 予熱(150〜250°C)必須。冷却後に焼なましを検討。 |
ステンレス鋼(SUS304・SUS316・SUS316L等)
| 母材 | 溶接方法 | 代表的な溶加材 | 選定ポイント |
|---|---|---|---|
| SUS304 | TIG | Z3321 Y308・Y308L | 粒界腐食防止にはY308L(低炭素)を推奨。 |
| SUS316・SUS316L | TIG | Z3321 Y316・Y316L | 耐孔食性維持にMo含有316系を使う。 |
| SUS304(溶接後焼鈍なし) | TIG | Y347(Nb安定化) | 溶接後熱処理ができない場合はNb安定化材で粒界腐食を防ぐ。 |
| SUS304×炭素鋼(異材溶接) | TIG・被覆アーク | 309L・309MoL | 異材接合の緩衝層に309系を使う。炭素鋼側への希釈を考慮。 |
アルミ合金(A5052・A5083・A6061・A7075等)
| 母材 | 溶加材 | 選定ポイント |
|---|---|---|
| A5052・A5083 | ER5356(Al-5%Mg) | Mg系母材にはMg系溶加材。強度・耐食性のバランスが良い。 |
| A6061 | ER4043(Al-5%Si)またはER5356 | ER4043は割れ感受性が低い。ER5356は強度重視。陽極酸化後の色合いに影響。 |
| A7075 | 原則溶接不推奨 | 高Zn系合金は溶接割れ感受性が極めて高く、構造溶接には不向き。接合が必要な場合は摩擦撹拌接合(FSW)を検討。 |
| A5083×A6061(異材) | ER4043またはER5356 | 割れ感受性が異なる母材の組み合わせは特に注意。テストピースで事前確認推奨。 |
チタン・Ni基合金
| 母材 | 溶加材 | 選定ポイント |
|---|---|---|
| 純チタン(Grade 2) | ERTi-2(JIS YTW-1) | 完全シールドが必須(バックシールドも)。酸素・窒素混入で脆化。 |
| Ti-6Al-4V | ERTi-5(JIS YTW-5) | 母材と同組成で強度を維持。予熱なし・溶接後焼鈍で残留応力除去。 |
| インコネル625 | ERNiCrMo-3(IN625系) | 異材溶接の緩衝材としても使われる(SUS×インコネル等)。 |
| インコネル718 | ERNiFeCr-2(IN718系) | 析出硬化型のため溶接割れに注意。予熱・後熱処理のプロセス管理が必須。 |
「溶加材を間違えた」典型トラブル
SUS304に炭素鋼用溶接棒を使って溶接部が腐食
状況現場に炭素鋼用溶接棒(E4316)しかなく、急ぎでSUS304配管の補修溶接に使用した。数週間後、溶接部とその周辺に赤錆が広がった。
原因炭素鋼用溶接金属はCrを含まず、溶接熱影響部のSUS304不動態皮膜も乱れる。溶接金属自体が全面腐食し、周辺のSUSにも影響が及んだ。
対策Y308L(SUS304用TIG溶接棒)で補修溶接をやり直し。溶接材料を母材種別ごとに色分け管理して取り違えを防止する工程管理に変更。
SUS304とSUS316の溶接にY308を使って耐食性が低下
状況SUS304部品とSUS316配管の接合にY308溶加材を使ったところ、接合部(溶接金属)の耐食性がSUS316より低く、塩化物環境で孔食が発生した。
原因Y308はMoを含まないため孔食指数(PREN)が低い。SUS316側の耐食性(Mo:2〜3%)を溶接金属が引き継げなかった。
対策溶加材をY316Lに変更。異なるステンレスを溶接する場合は耐食性の低い側に合わせるのではなく、高い側(またはそれ以上)の溶加材を選ぶ。
S45C溶接後に溶接部周辺が割れた
状況機械部品(S45C)の補修溶接後、翌日に溶接ビード横の熱影響部に割れが発生した。予熱なし・低水素系溶接棒使用だったが防げなかった。
原因S45CはC当量が高く(Ceq≈0.6%)、溶接熱影響部にマルテンサイトが形成される。予熱なしでは冷却速度が速すぎて水素割れ(遅れ割れ)が発生した。
対策予熱200〜250°Cを徹底。溶接後パスター保温(ゆっくり冷却)。溶接棒を十分に乾燥させて水素含有量を最小化。補修後に焼なまし(600〜650°C × 2h)を追加した。
異材溶接——最も慎重さが必要な組み合わせ
異なる金属を溶接するとき、溶加材は「両側の母材の中間特性」を持つものを選ぶのが基本。ただし耐食性は「高い方に合わせる」(低い方に引っ張られると溶接部が弱点になる)。
| 母材の組み合わせ | 推奨溶加材 | 注意点 |
|---|---|---|
| 炭素鋼 × SUS304 | 309L | 炭素鋼側の希釈でCrが下がる。必要なら2層目に308L。 |
| 炭素鋼 × SUS316 | 309MoL | Mo含有で耐食性を確保。希釈管理が重要。 |
| SUS304 × SUS316 | Y316L | 耐食性の高い方(316側)に合わせる。 |
| 炭素鋼 × インコネル625 | ERNiCrMo-3(625系) | 希釈が大きい場合は緩衝層(309L)を先に盛る。 |
| チタン × ステンレス | 原則不可(直接溶接) | 金属間化合物が形成されて脆化。爆着・摩擦圧接・機械的接合を使う。 |
溶加材選定チェックリスト
- 母材の材質記号・強度区分を確認した
- 溶接金属の強度が母材の強度を上回る溶加材を選んだ(強度マッチング)
- ステンレス同士の異材溶接では耐食性の高い側に合わせた溶加材を選んだ
- C当量が高い鋼(S45C・SM490以上)で予熱温度を確認・実施した
- チタン溶接でバックシールドを含む完全不活性ガス保護を確認した
- 溶接棒・ワイヤーの乾燥管理(低水素系は使用前に乾燥炉で再乾燥)を実施した
- 異材溶接で直接接合不可の組み合わせ(Ti×SUS等)でないか確認した
まとめ
- 溶加材選定の基本は「強度マッチング(溶接金属≥母材)」「化学成分の適合」「溶接方法との対応」の3軸。
- ステンレスに炭素鋼用溶接棒は絶対に使わない。異材溶接ではステンレス側は耐食性の高い方に合わせる。
- S45C等の高炭素・合金鋼は予熱必須。予熱なしの水素割れは翌日以降に発生する「遅れ割れ」で見落としやすい。
- チタン×ステンレスの直接溶接は不可。爆着・摩擦圧接・機械的接合を使う。
- 溶接材料は母材種別ごとに色分け・分離保管して取り違えを防ぐ管理が重要。


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