耐摩耗鋼は岩石・土砂・鉱石との接触で起きるアブレシブ摩耗(削り取り摩耗)に対応するために高硬度化した鋼種だ。硬さはHB(ブリネル硬さ)で表記し、HB400・HB500が一般的な規格ライン、HARDOXはスウェーデンSSAB社のブランド名で業界標準的な存在になっている。「硬ければいい」という選び方をすると溶接割れや早期破損につながるため、硬さ・靱性・溶接性のバランスで選ぶことが重要だ。
耐摩耗鋼の規格と代表鋼種
| 規格・ブランド | 硬さ(保証値) | 主な用途 | 入手性 |
|---|---|---|---|
| JFE EH400(JFEスチール) | HB360〜440 | 建設機械・土工機械 | 国内◎ |
| JFE EH500(JFEスチール) | HB450〜530 | ダンプ・採掘設備 | 国内◎ |
| HARDOX 400(SSAB) | HB370〜430 | バケット・ライナー・ダンプ荷台 | 国内○ |
| HARDOX 450(SSAB) | HB425〜475 | 重掘削・鉱山機械 | 国内○ |
| HARDOX 500(SSAB) | HB470〜530 | 高摩耗部位・岩石破砕 | 国内○ |
| HARDOX 600(SSAB) | HB570〜640 | 極度の摩耗・粉砕機ハンマー | 国内△(入荷待ちあり) |
SSABはHB値の保証範囲を他社より狭く管理(例:HB400は370〜430の60HB幅)し、板厚方向の硬さばらつきも小さい。さらに衝撃値(シャルピー試験)の保証値を公開しており、「硬さと靱性を両立している」という信頼から設計時の基準材として使われることが多い。
硬さ・靱性・溶接性の比較
| 特性 | HB400相当 | HB500相当 | HB600相当 |
|---|---|---|---|
| 耐摩耗性 | ○ | ◎ | ◎◎ |
| 靱性(衝撃吸収) | ◎ | ○ | △ |
| 溶接性 | ○(予熱50〜100℃) | △(予熱100〜150℃) | ✕(専用溶材・高予熱必須) |
| 曲げ加工性 | ○(R/t≧3) | △(R/t≧5) | ✕(冷間曲げは割れリスク) |
| 炭素当量(Ceq)目安 | 約0.40〜0.50 | 約0.55〜0.65 | 約0.70〜0.80 |
硬さが上がるほど耐摩耗性は向上するが、靱性・溶接性・加工性は低下する。岩石との衝突衝撃が大きい用途でHB600を使うと脆性破壊リスクがある。「硬ければいい」ではなく荷重の性質で選ぶ。
使い分け判断軸
| 判断軸 | HB400を選ぶ | HB500を選ぶ | HB600を選ぶ |
|---|---|---|---|
| 摩耗の種類 | 土砂・粘土の軽〜中アブレシブ摩耗 | 砂岩・砂利の中〜重アブレシブ摩耗 | 硬岩・鉱石の極度の摩耗 |
| 衝撃の大小 | 衝撃が大きい(繰り返し衝突あり) | 衝撃が中程度 | 衝撃が少なく摩耗が支配的 |
| 溶接が必要か | 多い(複雑形状・補修溶接あり) | 限定的(設計を単純化) | ほぼなし(機械的取付のみ) |
| 曲げ加工が必要か | あり | 限定的 | なし(フラット使用が前提) |
| 典型用途 | バックホウバケット・チュート・ダンプ荷台 | 採掘バケット・岩盤掘削ライナー・スクリーン | ハンマーミル・破砕機ハンマー・粉砕機ライナー |
摩耗量と硬さの関係
アブレシブ摩耗量は材料硬さと逆比例の関係にある(Archard則の近似)。ただし相手材(砂・岩石)の硬さとの比率が重要で、相手材がHARDOX500(約500HV換算)より硬い石英(1100HV)と接触する場合、皮膜硬さを上げても摩耗低減効果は限定的になる。
摩耗量が大きく減るのは「鋼材硬さ ÷ 砥粒硬さ ≧ 0.8」の領域。石英(SiO₂・1100HV)を相手にする場合、鋼材硬さを880HV以上にしないと硬さ増加の効果が薄い。HB600(600HBW ≒ 640HV)でも石英に対しては比で約0.58にとどまる。この場合は溶射コーティング(WC-Co:1100〜1300HV)の方が効果的。
溶接施工の注意点
予熱と後熱
耐摩耗鋼は炭素当量が高く、溶接熱影響部(HAZ)に硬化組織が生じやすい。予熱なしで溶接すると水素起因の遅れ割れが溶接後数時間〜24時間以内に発生する。HB400は最低50℃、HB500は100〜150℃の予熱が必要。HARDOX 500の公式推奨予熱は板厚により異なり、20mm超では150℃以上が基本。
溶接材料の選定
軟質溶接棒(低強度)で溶接すると溶接部が先に摩耗する。硬肉盛溶接棒(ハードフェーシング用)を使うか、母材の引張強さに合わせた高張力鋼用ワイヤを使う。HARDOX専用推奨溶材(SSABがApproved Consumablesとして公開)を参照するのが確実。
トラブル事例
用途カード
爪先・底板・サイドカッターにHB400を使用。土砂・粘土との摩耗に対応しつつ、岩石衝突の衝撃に耐える靱性を確保。溶接補修が容易なため稼働中の現地補修も可能。
砕石・土砂の積載・排出による摩耗に対応。荷台底板・あおりにHB400〜450を使用。軽量化のため薄板(6〜10mm)で設計されることが多く、溶接箇所が多いためHB500超は溶接難易度が上がる。
硬岩・鉱石の落下・流動による重摩耗に対応。HB400との差が寿命に直結するため、交換コスト低減でHB500が選ばれる。スクリーンは開口部の切断・曲げ加工が必要なため、事前に加工性を確認する。
破砕機のハンマーには衝撃と摩耗が同時にかかるため、HB600圧延材より高マンガン鋳鋼(ハドフィールド鋼・Mn13%)や鋳造耐摩耗鋼が選ばれることも多い。高マンガン鋼は衝撃で表面が加工硬化するため衝撃摩耗に強い。
- 摩耗の種類はアブレシブ摩耗か衝撃摩耗か(両方なら靱性優先)
- 相手材(岩石・砂)の硬さはどのくらいか(石英系ならHB600でも効果が限定的)
- 溶接箇所が多いか(多い場合はHB400〜450が施工しやすい)
- 曲げ加工が必要か(HB600の冷間曲げは禁止)
- 溶接時の予熱設備・低水素系溶材が手配できるか
- 定期交換品か補修修理品かで最適グレードが変わる
まとめ
- 耐摩耗鋼はHB値(ブリネル硬さ)で管理し、HB400→500→600と硬くなるほど耐摩耗性は上がるが靱性・溶接性・加工性は低下する
- HARDOXはHB値の保証幅が狭く靱性保証もあるため設計基準材として広く使われている
- 石英などの高硬度砥粒が相手の場合、HB600でも摩耗低減効果は限定的。WC-Co溶射などを検討する
- HB500以上の溶接は予熱100℃以上・低水素系溶材・後熱が必須。遅れ割れは翌日に発生することがある
- 選定は「硬さ」ではなく「摩耗形態・衝撃の大きさ・加工方法」の3軸で判断する

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