1995年の阪神・淡路大震災では、多くの鉄骨構造建物が柱脚・梁端接合部で脆性破断しました。その教訓から1994年(施行は1996年)に建築構造用圧延鋼材(SN材)のJIS規格が制定されました。SN材はSM材と引張強さは同等でも「降伏比の上限規定」という性質が大きく異なり、これが耐震性能の鍵を握ります。本記事では、SN材がなぜ必要なのかを降伏比の概念から解説します。
1. SN材とSM材の決定的な違い
| 項目 | SM490B(溶接構造用) | SN490B(建築構造用) |
|---|---|---|
| 規格 | JIS G 3106 | JIS G 3136 |
| 引張強さ | 490〜610 MPa | 490〜610 MPa |
| 降伏点(下限) | 315 MPa以上 | 325 MPa以上 |
| 降伏点(上限) | 規定なし | 445 MPa以下(上限規定あり) |
| 降伏比 | 規定なし | 80%以下 |
| Ceq(炭素当量) | 規定あり | 規定あり(SM490B同等以下) |
| 板厚方向の引張試験 | なし | SN-Cのみ規定あり |
| 主な用途 | 橋梁・産業機械・一般溶接構造物 | 建築の柱・梁・耐震接合部 |
2. 降伏比とは何か、なぜ重要か
降伏比 = 降伏点 ÷ 引張強さ(×100%)
この数値が低いほど、「降伏してから破断するまでの余裕(塑性変形能力)」が大きいことを意味します。地震時の構造物では、この塑性変形能力が「揺れのエネルギーを吸収して崩壊を防ぐ」役割を担います。
降伏比規定の意味SM490Bは降伏点に上限規定がない。そのため、引張強さが490MPaギリギリで降伏点が490MPaに近い「高降伏比材」が混入する可能性がある。SN490Bは降伏点の上限を445MPaに制限することで、降伏比が常に80%以下(最悪でも445/490×100=90.8%だが実際はより低く設計)に収まる。地震時に意図した部位が意図した順序で降伏し、エネルギーを吸収できる。
| 降伏比 | 塑性変形能力 | 地震時の挙動 |
|---|---|---|
| 60%以下 | 非常に大きい | 降伏してから長く変形しながらエネルギー吸収 |
| 60〜80% | 大きい(SN材の目標範囲) | 十分な塑性変形でエネルギー吸収可能 |
| 80〜90% | やや小さい | 降伏後すぐに破断に近づく。変形が少ない。 |
| 90%超 | 小さい(危険) | 降伏とほぼ同時に破断。脆性的な崩壊リスク |
3. SN-A・SN-B・SN-Cの使い分け
| 種別 | 降伏比規定 | 板厚方向引張試験 | 溶接制限 | 主な使用箇所 |
|---|---|---|---|---|
| SN-A | なし | なし | なし | 二次部材(床板・ブレース)など、降伏比・靭性の要求が低い部位 |
| SN-B | 80%以下 | なし | あり(溶接接合部に使用) | 柱・梁の溶接接合部。耐震設計の主要構造部材に最も多く使われる。 |
| SN-C | 80%以下 | 規定あり(Z方向) | あり | 柱のダイアフラム(梁フランジと柱の接合板)。板厚方向(Z方向)に引張力が作用する部位。 |
SN-CとラメラテアSN-Cに板厚方向(Z方向)の引張試験が規定されるのは「ラメラテア」対策のため。鋼板は圧延方向と板厚方向で機械的性質が異なり、板厚方向の引張で介在物に沿った層状割れ(ラメラテア)が発生することがある。SN-Cはこの試験をパスした材料のみ使用でき、ダイアフラムのような板厚方向に引張力がかかる部位に用いる。
4. 設計者が押さえるべき注意点
注意:SM材とSN材の代替不可構造計算書でSN490Bが指定されている場合、SM490Bで代替することはできない。降伏比の規定がないSM490Bでは、高降伏比材が混入した場合に設計意図した塑性変形が得られない可能性がある。監理建築士への確認・材料証明書の確認が必須。
5. トラブル事例
SN490B指定の柱にSM490Bを使用して監理指摘を受けた
状況SN490Bの在庫が不足したため、「引張強さが同じだから同等品」と判断してSM490Bを使用した。監理建築士の立会い検査で材料証明書の確認を受け、SN材でないことが発覚した。
原因SN490BとSM490Bは引張強さの範囲は同じだが、降伏比の規定の有無が異なる。建築基準法に基づく構造計算では、指定材料の性能を前提としているため、SN材指定部位へのSM材使用は設計条件を満たさない。
対策SN材が指定された部位は必ずSN材を調達する。調達リスクを下げるために主要構造材は複数の鋼材商社から見積りを取り、早期発注する。材料証明書(ミルシート)でSN規格品であることを入荷時に確認する。
まとめ
- SN材(建築構造用圧延鋼材)はSM材と引張強さは同等だが、降伏比の上限規定(80%以下)がある点が決定的に異なる。
- 降伏比を低く規定することで、地震時に意図した部位が降伏してエネルギーを吸収し、脆性破断を防ぐ「耐震設計の意図」を材料レベルで保証する。
- SN-Aは二次部材、SN-Bは柱・梁の溶接接合部、SN-Cは板厚方向引張力がかかるダイアフラムに使い分ける。
- SN材指定箇所へのSM材代替は建築基準法上の設計条件を満たさない。ミルシートで種別を必ず確認する。
- SN-Cはラメラテア対策として板厚方向(Z方向)の引張試験が規定された特殊品。柱のダイアフラムに必須。


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