ニッケル相場を調べてみた:2026年3月、「供給過剰なのに急騰」という矛盾の正体
※ 本記事のデータは2026年3月23日時点の情報に基づきます。価格・為替は日々変動するため、最新情報は各情報源にてご確認ください。
銅・アルミに続いて今回はニッケル相場を調べました。ニッケルはステンレス鋼の主原料として材料系の記事でも何度か登場した金属ですが、相場の話は全く追えていませんでした。調べてみると「2023〜2024年にかけて大暴落した金属が、2026年1月に突然10%超急騰した」という非常に特徴的な動きをしていることがわかりました。しかも「供給過剰なのに価格が上がる」という一見矛盾した状況の背景に、インドネシアの鉱石割当削減という政策変更が大きく影響していたのが興味深かったです。
まず現在の価格:急騰後の調整局面にある2026年3月
ニッケルの国際指標価格も銅・アルミと同様にLME(ロンドン金属取引所)のドル建て価格です。日本国内では円換算の月間平均価格が材料価格に反映されており、ステンレス鋼メーカーの建値に組み込まれる形で調達コストに影響します。
または USD/トン × 為替 ÷ 1,000:17,800 USD × 157円 ÷ 1,000 ≒ 2,795円/kg
※ 実際の調達価格はステンレス鋼建値・合金サーチャージとして反映されます
銅や純アルミと異なり、ニッケルは「純ニッケル」として直接調達するケースよりも、ステンレス鋼(SUS304・SUS316など)やニッケル合金(インコネル・ハステロイなど)の価格に「ニッケルサーチャージ」として上乗せされる形で影響する場面が多いと知りました。そのため材料担当者にとっては「LME価格そのものより、ステンレス建値の変動」として体感することが多いとのことです。
価格推移:大暴落から急騰、そして3月の調整へ
ニッケル相場のここ数年の動きは、他の非鉄金属とはかなり異なる特徴があります。2022年のロシア産供給懸念による急騰(史上最高値の一時100,000ドル超)の後、インドネシアの急増産により2023〜2024年にかけて大幅下落、そして2026年1月に突然の急騰という流れです。
※ 円換算は表示上×5でスケール調整。実際の単位は円/kgです。参考値のため実際の相場と差異が生じる場合があります。
| 時期 | LME ニッケル(USD/トン) | 参考為替(円/USD) | 円換算目安(円/kg) | 主な出来事 |
|---|---|---|---|---|
| 2022年3月(史上最高値) | ≒ 100,000超(一時) | ≒ 120 | ≒ 12,000超 | ロシア産供給懸念でLME取引停止騒動 |
| 2024年3月 | ≒ 16,500 | ≒ 151 | ≒ 2,492 | インドネシア増産で供給過剰・大幅下落 |
| 2025年1月 | ≒ 15,295 | ≒ 155 | ≒ 2,371 | 供給過剰継続・EV需要鈍化で低迷 |
| 2025年9〜11月 | ≒ 15,000〜15,500 | ≒ 149〜156 | ≒ 2,450〜2,590 | インドネシア割当削減の観測が浮上 |
| 2026年1月6日(急騰) | ≒ 18,785(一時) | ≒ 155〜158 | ≒ 2,912〜3,090 | インドネシア鉱石割当削減確定・中国買い殺到・10%超急騰 |
| 2026年3月(調整) | ≒ 17,200〜17,800 | ≒ 155〜159 | ≒ 2,666〜2,830 | 中東リスクオフ・ドル高で工業金属全般に売り圧力 |
2022年3月の「ニッケルショック」は今回調べて初めて詳しく知りました。ロシアのウクライナ侵攻によるロシア産ニッケル供給懸念で一時100,000ドル超という前代未聞の水準に急騰し、LMEが取引を一時停止するという異例の事態が起きたそうです。その後インドネシアの急増産で供給過剰になり2024年まで暴落が続いたという流れは、価格の崩壊により西側諸国では大規模な閉鎖と資本支出の繰り延べが強いられたという背景と重なります。
価格を動かす5つの要因
ニッケルは銅・アルミと異なり「供給側の政策変更」が相場を動かした典型的な事例として、今回の動きは非常に教材的でした。
インドネシアの鉱石割当削減
世界のニッケル供給の約60%を占めるインドネシアが、2026年の鉱石生産割当を前年比で約1億トン削減し2億7,000万トンに設定。違法採掘の取り締まり強化も重なり、供給引き締まり観測が一気に強まった。これが2026年1月急騰の最大の引き金となった。
中東情勢:硫黄供給リスク
インドネシアのニッケル精製には硫黄が必要で、その約75%を中東からの輸入に依存している。ホルムズ海峡封鎖によって硫黄の輸送が滞れば、インドネシアの精製コスト上昇・生産削減につながるリスクがある。3月の下落はこの地政学リスクによるリスクオフが主因。
ステンレス需要:最大の用途
ニッケル需要の約70%はステンレス鋼向けで、中国の製鉄所の動向が直結する。2026年3月、中国の製鉄所が高品位NPI(ニッケル銑鉄)の入札価格を引き上げており、堅調な需要がさらなる下落を抑制する要因となっている。
EV電池:LFP台頭でニッケル需要が想定外の鈍化
EV向けニッケル需要は当初の期待を大きく下回った。リン酸鉄リチウム(LFP)電池のシェア拡大とPHEV需要増により、ニッケルを使うNMC・NCA系電池の伸びが鈍化。ただし長距離EVへのニッケル電池需要は継続しており、2030年までに倍増予測もある。
供給過剰の構造:「過剰なのに上がる」矛盾の正体
ニッケルは2025〜2026年も供給過剰が続く見通し。それでも価格が上がるのは「インドネシアの政策次第で供給が急変しうる」という不確実性をマーケットが織り込むから。「ファンダメンタルズは弱いが、リスクプレミアムで上がる」という構図が特徴的。
「供給過剰なのに価格が上がる」という点が最初ピンとこなかったのですが、インドネシアの2026年の鉱石割当量は2億6,000万から2億7,000万湿トンであり、国内の処理稼働率は70〜75%に低下する見込みという状況が、将来の供給不足リスクをマーケットに先取りさせているということだと理解しました。現在の過剰より「これから不足するかもしれない」という期待が先行している構図です。
2026年の見通し:シナリオ別に整理する
ニッケルは銅・アルミと比べ、インドネシアという一国の政策依存度が非常に高いため、シナリオの幅も大きくなります。
| シナリオ | LME想定レンジ(USD/トン) | 円換算目安(円/kg) | 主な前提条件 |
|---|---|---|---|
| 強気シナリオ | 19,000〜23,000 | 約2,945〜3,565 | インドネシア割当さらに削減・中東硫黄供給停止・中国ステンレス需要急回復 |
| 基本シナリオ | 15,000〜19,000 | 約2,325〜2,945 | 割当削減効果が段階的に顕在化・供給過剰は縮小傾向・需要は緩やかに増加 |
| 弱気シナリオ | 12,000〜15,000 | 約1,860〜2,325 | インドネシアが割当を再拡大・LFP電池シェアがさらに拡大・中国需要低迷継続 |
弱気シナリオの「インドネシアが割当を再拡大する」という可能性は軽視できないと感じました。最大のリスクは、インドネシアが市場への供給を予想よりも長く続け、薄利でも市場シェアを守るために生産量の拡大を維持することという指摘は、今後の相場を読む上で重要な視点です。インドネシア政府の一政策決定が世界のニッケル相場を左右するというのは、調達リスクの集中という観点で非常に気になる構造です。
円換算価格表:為替次第でこれだけ変わる
※ プレミアム・サーチャージは含まない概算値。実際の調達価格(ステンレス建値など)はこれより異なります。
| 為替シナリオ | LME 15,000 USD時 | LME 17,500 USD時 | LME 20,000 USD時 |
|---|---|---|---|
| 円高(1USD=140円) | ≒ 2,100 円/kg | ≒ 2,450 円/kg | ≒ 2,800 円/kg |
| 中立(1USD=155円) | ≒ 2,325 円/kg | ≒ 2,713 円/kg | ≒ 3,100 円/kg |
| 円安(1USD=165円) | ≒ 2,475 円/kg | ≒ 2,888 円/kg | ≒ 3,300 円/kg |
調達担当者向け:リスクヘッジの考え方
| 手法 | 概要・メリット | ニッケル特有の注意点 |
|---|---|---|
| ステンレスサーチャージの仕組みを把握する | ステンレス鋼の価格はLMEニッケルを反映したサーチャージで変動する。サーチャージの計算基準期間・更新頻度をサプライヤーと確認し、値上がりタイミングを先読みする。 | メーカーによってサーチャージの計算方式が異なるため、複数社比較時は条件統一が必要。 |
| インドネシア政策の動向ウォッチ | ニッケル相場はインドネシアの政策発表に極めて敏感。割当量・違法採掘規制・輸出関税の変更は速報で相場が動くため、日経・Bloombergのニッケルニュースアラートを設定しておく価値がある。 | 一国集中リスクが高いため、ニュース感度を上げておくことが実質的なヘッジになる。 |
| 低ニッケル・代替グレードの検討 | SUS304(Ni約8%)から低ニッケルグレード(SUS200系など)や、用途によってはSUS430(フェライト系・ニッケルゼロ)への切り替えを検討。ニッケル高騰時のコスト抑制に有効。 | 耐食性・加工性・溶接性が異なるため設計変更・品質確認が必要。用途制約あり。 |
| スクラップ・二次材の活用 | ステンレスや高ニッケル合金のスクラップを積極活用することで、一次地金価格の影響を低減できる場合がある。 | 品質・成分のトレーサビリティ確保が必要。特にニッケル合金(インコネルなど)は成分管理が重要。 |
| 長期契約による価格安定化 | ニッケルは短期のボラティリティが非常に高いため、サプライヤーとの長期契約・価格固定条項(キャップ付き)での調達がリスク管理に有効なケースがある。 | 価格が下がった場合に恩恵を受けにくい。契約期間・条件は慎重に交渉することが重要。 |
今回調べて特に印象に残ったのが「低ニッケルグレードへの切り替え」という発想です。SUS304からSUS200系やSUS430への代替は、ニッケル高騰時の現実的なコスト対策として製造業の現場では実際に検討されているとのこと。ただし耐食性・溶接性などの特性が変わるため、設計変更が伴う——材料選定が単なる価格の話だけでないことが改めて見えてきました。
調べてみてわかったこと
ニッケルは銅やアルミと比べて、「インドネシアという一国への供給集中」「LFP電池台頭によるEV需要の不確実性」「ステンレスサーチャージという特有の価格反映ルール」という3つの固有の特性を持つ金属でした。「供給過剰なのに価格が上がる」という一見矛盾した動きも、インドネシアの政策次第で需給が急変しうるというリスクプレミアムの織り込みだと理解すると腑に落ちました。非鉄金属を3回にわたって調べてきて、同じ「金属相場」でも銅・アルミ・ニッケルそれぞれに全く異なる価格メカニズムがあるという点が、今回のシリーズを通じた一番の発見です。
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