建築構造用圧延鋼材(SN材)をやさしく解説:「降伏点に上限を設ける」設計思想とは

鉄鋼材料

建築構造用圧延鋼材(SN材)をやさしく解説:「降伏点に上限を設ける」設計思想とは

SN材(建築構造用圧延鋼材)は、1994年に制定されたJIS G 3136の鋼材です。「SNのNはNew structureのN」ともいわれ、それまで建築鉄骨に使われていたSS400やSM材に代わって普及した鋼材です。調べてみると、SN材の最大の特徴が「降伏点の上限を規定している」という点であることがわかりました。これは従来材にはなかった発想で、耐震設計の考え方と深く結びついています。

① SN材の記号を読み解く

記号の読み方 例:SN490B SN 490 B S = Steel(鋼材) N = New structure 引張強さの下限値 490 N/mm² 種別:A / B / C 使用部位・要求性能で区分

「SN」はSteel Newstructureの略。数字(400 / 490)は引張強さの下限値(N/mm²)を示します。末尾のアルファベット(A・B・C)が使用部位に応じた種別区分で、これがSN材の最大の特徴です。

② 主要グレードの比較表

種類 引張強さ(N/mm²) 降伏点 YP(N/mm²) 降伏比 YR シャルピー(0℃) 主な適用部位
SN400A 400〜510 235以上(下限のみ) 規定なし 規定なし 小梁・間柱など溶接しない二次部材
SN400B 400〜510 235以上・355以下(上下限) 80%以下 27 J以上 柱・大梁など主要な溶接部材
SN400C 400〜510 SN400Bに同じ 80%以下 27 J以上 ボックス柱のダイヤフラム・仕口など
SN490B 490〜610 325以上・445以下(上下限) 80%以下 27 J以上 高層建築の柱・大梁など主要溶接部材
SN490C 490〜610 SN490Bに同じ 80%以下 27 J以上 ボックス柱スキンプレート・ダイヤフラム

※SN400A:板厚6〜100 mm。SN400B・SN400C:板厚6〜100 mm(C種は16 mm以上)。SN490B・SN490C:板厚6〜100 mm(C種は16 mm以上)。いずれも鋼板・鋼帯・形鋼・平鋼に適用(JIS G 3136:2022)。

③ SN材の核心:「降伏点に上限を設けた」理由

SN材が従来材(SS400・SM材)と決定的に異なる点:

従来材 → 降伏点は「下限のみ」規定(「最低この値以上あればよい」)
SN材B・C種 → 降伏点は「上限も」規定(「この範囲に収めなければならない」)

例)SN490B:降伏点 325〜445 N/mm²(レンジ幅120 N/mm²)

なぜ上限が必要なのでしょうか?現在の耐震設計では、大地震時に「意図した部材(塑性ヒンジ)が設計通りに塑性変形してエネルギーを吸収する」という考え方をとります。このとき、鋼材の降伏点が高すぎると塑性変形する前に接合部が破断する危険があり、逆に想定外の部分が先に降伏して崩壊モードが変わってしまうのです。

降伏比(YR)とは:降伏点 ÷ 引張強さ 低降伏比(YR ≦ 80%)← SN材 降伏点(YP) 引張強さ(TS) ← 塑性変形の余裕が大きい → 高降伏比(YR 上限なし)← SS400等 降伏点(YP)が高い ← 塑性変形の余裕が小さい → SN材(YR ≦ 80%) 降伏後の塑性変形領域が広く確保される → 大地震時に設計通り変形・エネルギー吸収 → 崩壊メカニズムを設計で制御できる 上限なし(従来材) 降伏点が高すぎると塑性領域が狭くなる → 想定外の部位が先に損傷する危険 → 保有耐力設計の精度が低下

また、SN材B・C種では炭素当量(Ceq)と溶接割れ感受性組成(Pcm)の上限も規定されており、溶接施工性も保証されています。溶接後の熱影響部での脆性割れを防ぐためです。これは1989〜91年ごろ、SM材でJIS規格を満足しながら建築鉄骨の通常溶接で鋼板が開裂する事例が相次いだことへの反省から来ています。

④ SS400・SM材・SN材の使い分け

強度・耐震性 溶接性 板厚方向特性 降伏比制御 コスト
材種 JIS規格 降伏比規定 シャルピー規定 Ceq/Pcm規定 板厚方向(Z方向) 主な用途
SS400 JIS G 3101 なし なし なし なし 一般構造・非溶接部材
SM490A JIS G 3106 なし なし 一部あり なし 溶接構造一般(船舶・橋梁等)
SN400A JIS G 3136 なし なし なし なし 建築二次部材(溶接なし)
SN400B / SN490B JIS G 3136 80%以下 27J以上 あり なし 建築主要部材(柱・大梁)
SN400C / SN490C JIS G 3136 80%以下 27J以上 あり 絞り値25%以上・UT検査 ダイヤフラム・ボックス柱スキンプレート
注意:SM490AはSN材の代用にはなりません。
SM490AはSN490Bと引張強さが同レベルですが、降伏比・シャルピー吸収エネルギーの規定がなく、建築耐震設計で要求される塑性変形性能を保証できません。大梁・柱への使用は建築基準法上も要確認です。

⑤ 化学成分と規格の要点(JIS G 3136:2022)

種類 C(%) Si(%) Mn(%) P(%) S(%) Ceq 計算式
SN400A 0.24以下 0.050以下 0.050以下 規定なし
SN400B
(厚6〜50 mm)
0.20以下 0.35以下 0.60〜1.50 0.030以下 0.015以下 Ceq規定あり
SN400C
(厚16〜50 mm)
0.20以下 0.35以下 0.60〜1.50 0.020以下 0.008以下 Ceq/Pcm規定あり
SN490B
(厚6〜50 mm)
0.18以下 0.55以下 1.65以下 0.030以下 0.015以下 Ceq規定あり
SN490C
(厚16〜50 mm)
0.18以下 0.55以下 1.65以下 0.020以下 0.008以下 Ceq/Pcm規定あり
炭素当量(Ceq)の計算式:
Ceq = C + Si/24 + Mn/6 + Ni/40 + Cr/5 + Mo/4 + V/14

溶接割れ感受性組成(Pcm)の計算式:
Pcm = C + Si/30 + Mn/20 + Cu/20 + Ni/60 + Cr/20 + Mo/15 + V/10 + 5B

C種はP・Sの上限がB種より厳しく(P: 0.020%, S: 0.008%)、板厚方向の健全性確保にも対応。

海外規格との対応

規格系統規格番号・鋼種対応の程度
JIS(日本)JIS G 3136 SN400B / SN490B本規格
ISO(国際)ISO 630-1:2021 / ISO 630-6:2014MOD(修正対応)
ASTM(米国)A572 Gr.50(SN490相当)近似・降伏比規定なし
EN(欧州)EN 10025-6 S355 / S460(一部近似)耐震用はEN 1998で別途規定
GB(中国)GB/T 19879 Q345GJ概念的に近い耐震用建築鋼

※降伏比の上限規定はSN材の日本独自の強い特徴であり、海外規格との完全対応は存在しません。

⑥ SN材の用途:A・B・C種の使い分け

SN400A|二次部材

溶接を行わない小梁・間柱・ブレースの一部などの二次部材に使用。降伏比・衝撃値の規定がなく経済的。溶接施工する部位には使用不可。

SN400B / SN490B|主要構造部材

柱・大梁など耐震上の主要部材に広く使用。降伏比80%以下・シャルピー27 J以上で塑性変形性能と溶接性を保証。建築鉄骨の標準的な選択。

SN400C / SN490C|板厚方向応力を受ける部材

ボックス柱のスキンプレート・ダイヤフラム・仕口部など板厚Z方向に引張力が作用する部分。絞り値25%以上+UT検査付きで内部欠陥まで保証。

H形鋼・角形鋼管(SN対応品)

メーカー各社がSN材規格を適用したH形鋼・角形鋼管(コラム)を製品化。建築物の柱・梁に組み込まれた状態でSN規格の機械的性質が担保される。

高層・超高層建築

SN490B・SN490Cは高層建築の骨組みに使用。日本の1000棟以上の高層ビルの柱・梁材に採用されている実績がある。

制振・免震構造

降伏比が管理された鋼材は、エネルギー吸収部材(制振ダンパー接合部など)の設計で非常に重要。崩壊モードを設計通りに制御できる。

まとめ:調べてみてわかったこと

SN材を最初に聞いたとき、「SS400の建築版」くらいの認識だったが、調べると本質はまったく違うことがわかった。SN材の核心は「降伏点の上限を規定した」点にある。これは、大地震時に骨組みが塑性変形でエネルギーを吸収するという新耐震設計法の考え方を、材料規格レベルで担保しようとした日本独自の発想だ。降伏比80%以下という規定が意味するのは、「鋼材が降伏してから破断するまでに十分な変形余裕がある」ということで、設計者が意図した通りの崩壊メカニズムを実現するための材料保証といえる。また、A・B・Cという種別区分も、使用部位ごとに「必要な性能だけを要求する」という合理的な設計で、すべての部材にC種を使う必要はなく、コストと性能のバランスが取れている点も印象的だった。SS400やSM材との使い分けは、単なる強度の差ではなく「耐震性能の保証レベル」の差として理解するのが正確だと感じた。

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