ステライト(コバルト基耐摩耗合金)をやさしく解説:超硬工具でも削れない材料の正体と使いどころ
ステライト(Stellite)はケンナメタル社の登録商標で、「コバルト基耐摩耗合金」の代名詞として業界で広く定着しています。超硬工具でも加工が難しいほどの硬さと、高温環境への強さを兼ね備えるのがこの材料の最大の特徴です。この記事では、ステライトの組成・グレード別特性・耐摩耗メカニズム・用途・規格をわかりやすく解説します。
ステライトの名称体系と組成の読み方
「ステライト」はケンナメタル社の登録商標だが、コバルト基耐摩耗合金全般の総称として業界で使われている。競合他社の同種材料としてはデロロ(Deloro)、トリバロイ(Tribaloy)、ハイネス(Haynes)合金などがある。一般名称は「コバルト基硬化合金(Cobalt-base Hard-facing Alloy)」または「コバルト基超合金(Co-base Superalloy)」と呼ばれる。
主要グレードの成分・特性比較
| グレード | C% | Cr% | W% | 硬さ(HRC) | 特徴・用途 |
|---|---|---|---|---|---|
| Stellite 1 | 約2.5 | 約30 | 約13 | 約52〜58 | 最高硬度グレード。C・W量多く炭化物豊富。耐摩耗最優先(スリーブ・シート面)。靭性は低く衝撃厳禁。 |
| Stellite 6 | 約1.2 | 約28 | 約4.5 | 約38〜43 | 最もポピュラーな汎用グレード。耐摩耗・耐食・耐熱のバランス型。肉盛溶接・熱溶射で広く採用。バルブシート・ポンプ部品。 |
| Stellite 12 | 約1.4 | 約29 | 約8.3 | 約44〜48 | Stellite 6とStelite 1の中間。W量多くアブレシブ摩耗(研削摩耗)に強い。切削工具・ノズル。 |
| Stellite 21 | 約0.25 | 約27 | — | 約32〜38 | 低炭素・Mo添加グレード。靭性と耐食性が高く、医療インプラント(人工股関節)に採用。溶接性に優れる。 |
| Stellite 31(X-40) | 約0.5 | 約25 | 約7.5 | 約30〜35 | 航空機ガスタービン用。高温クリープ強度に特化。Niも含む(10%前後)。タービンブレード・ベーン。 |
| Tribaloy T-400 | 約0.08 | 約8.5 | — | 約54〜58(Laves相) | 炭化物でなくLaves相(Co₃Mo₂Si)で硬化するタイプ。潤滑剤なし環境でのガス圧縮機・弁座。 |
※ 硬さは代表参考値。肉盛溶接・鋳造・HIPなど製法によって変わります。
核心概念:「炭化物分散強化」と摩耗・熱への強さの正体
ステライトを理解するには、Co基地(マトリクス)の中に硬質炭化物粒子が散りばめられた構造を想像するとわかりやすいです。炭化物(Cr₇C₃・M₆C等)の硬さはHV1,400〜2,000にも達し、これが相手材の研削に対してバリアになる。一方でCo基地そのものは靭性が高く、炭化物の欠落(チッピング)を受け止める役割を果たす。
・摩耗が研削(アブレシブ)主体:C・W量多いStelite 1/12 → 硬さ優先
・摩耗+腐食の複合環境(バルブシート・ポンプ):汎用グレードStelite 6
・高温クリープが支配的(ガスタービン):Stellite 31/X-40
・靭性と生体適合性が必要(医療):低炭素のStelite 21
・無給油・ドライ摺動:炭化物でなくLaves相で硬化するTribaloy T-400
ポイント:「硬さ(HRC)を上げると靭性が下がる」のはステライトも例外ではない。衝撃荷重がある場合はStelite 6/21など低炭素グレードを選ぶこと。
CoがベースなのはFeやNiに比べて高温での結晶変態(FCC→HCP)温度が高く、高温でFCC構造が安定しているためです。この熱的安定性がNi基超合金と並んでガスタービン分野で重用される理由です。
他の耐摩耗材料との使い分け
| 材料 | 耐摩耗性 | 耐熱性(使用限界温度) | 耐食性 | 靭性 | 溶接・肉盛適性 | 主な選定場面 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| Stellite 6 | ◎ | ◎ ~800℃超 | ◎ | ○ | ◎ 肉盛溶接・溶射 | バルブシート・ポンプ・タービンシュラウド |
| 高速度鋼 SKH51 | ○ | ○ ~600℃ | △ 錆びる | ◎ | △ 溶接困難 | 切削工具・金型・刃物(靭性必要) |
| 超硬合金 WC-Co | ◎◎ 最高硬度 | ○ ~500℃(酸化注意) | ○ | ✕ 脆性大 | ✕ 溶接不可・ろう付のみ | ドリル・フライス・耐摩耗チップ(衝撃なし) |
| SUS316L | △ | ○ ~870℃(断続使用) | ◎ | ◎ | ◎ | 耐食主体で摩耗が軽微な化学装置全般 |
| Inconel 625 | △ | ◎ ~1,000℃ | ◎ | ◎ | ◎ | 高温耐食(海洋・石油・原子力)で摩耗が軽微 |
JIS・海外規格の対応
| 規格体系 | 規格番号・分類 | 対応・特徴 |
|---|---|---|
| JIS(日本) | JIS G 5123(コバルト基耐熱合金鋳造品) JIS H 4553(コバルト基合金展伸材) |
ステライトそのものの統一JIS規格はなく、Co基耐熱合金として分類。肉盛溶接材料はJIS Z 3251(硬化肉盛溶接材料)に分類されることが多い。 |
| ASTM(米国) | ASTM F75(鋳造Co-Cr-Mo合金・医療) ASTM F799(鍛造Co-Cr-Mo) AMS 5387(Stellite 31相当) |
医療用Co-Cr-MoはASTM F75/F799で規格化。航空用はAMS規格(AMS 5383〜5387等)が実質標準。 |
| ISO(国際) | ISO 5832-4(外科インプラント用Co-Cr-Mo) ISO 5832-12(鍛造Co-Cr-Mo) |
医療インプラント(人工股関節・膝関節)のCo-Cr-Mo合金はISO 5832シリーズで厳密に規定。 |
| EN / DIN(欧州) | EN ISO 5832-4 DIN 2.4978(Stellite 6相当 EN記号) |
欧州での材料番号はDIN/ENの数値材料番号(2.XXXX系)で管理。調達時は番号確認が必要。 |
| その他商標品 | Tribaloy(ケンナメタル) Deloro(Oerlikon) Haynes 25(L-605) |
ステライトの競合材。Tribaloyはレーベス相硬化で無給油環境向け。Haynes 25(L-605)は航空宇宙用高温強度特化。いずれもCo基合金。 |
産業分野別の用途
⚙️ バルブ・シート面(石油・ガス)
ゲートバルブ・グローブバルブのシート面・弁体にStelite 6の肉盛溶接を施工。高温・高圧・腐食性流体のシール面でも金属間摩耗(ゴーリング)を防ぐ。石油精製・LNG設備でデファクト標準の仕様。
✈ ガスタービン・航空機エンジン
タービンブレードのシュラウド(チップ部)への肉盛・ベーンセグメントにStelite 6やStelite 31を使用。800℃超の燃焼ガス中で隣接部品と金属接触しても摩耗しないため「アブレーダブルシール」材として機能する。
💉 医療インプラント
人工股関節・人工膝関節の摺動面にStelite 21(Co-Cr-Mo低炭素グレード)を採用。生体液中での摩耗粒子量が少なく、金属アレルギーリスクが低い。ISO 5832-4/12準拠品が世界標準。
🔧 ポンプ・スリーブ(化学装置)
スラリーポンプのインペラ・ライナー・スリーブにStelite 1鋳造品または溶射品を採用。砂・鉱石・触媒粒子を含む研削性スラリーに対して寿命が炭素鋼・SUSの5〜20倍に達するケースがある。
✂ チェーンソー・木工刃物
チェーンソーのチップ・木工カッターにステライト系硬化肉盛を施工。木材中の砂・石英による摩耗と衝撃を同時に受けるため、靭性のある低炭素グレード(Stellite 6)の肉盛が適合する。
⚡ 原子力・核燃料設備
原子炉内の制御棒ガイド・弁シートにステライトを使用。放射線環境でも組織が安定し、高温水・ほう酸水溶液中での耐食性に優れる。ただし照射によるCoの放射化(Co-60生成)が問題になるケースがあり、近年はNi基合金への代替も検討されている。
まとめ
ステライトは切削工具ではなく「耐摩耗肉盛材・高温摺動材」として使われる材料です。最も重要なのは「炭化物分散強化」という組織の仕組みです。Co基地の靭性と炭化物の硬さを同時に持つことで、超硬合金(硬いが脆い)と高速度鋼(粘いが800℃で軟化する)のどちらでもカバーできない「高温+摩耗+腐食の三重苦」をまとめて解決できます。CoがベースなのはFCC構造を高温で維持しクリープしにくいという熱力学的な理由によります。材料選定では「硬さ」だけでなく「摩耗モード」「使用温度」「腐食環境」を分けて整理することが大切です。
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